2017-04

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運動会というイベント

去年も確か午後からの雨で中止になった気がする「小学校の運動会」。今年も台風の影響であえなく中止。そして来週の火曜日に延期となってしまった。息子は朝起きて涙まで流し悔しがってた。それだけ子ども達の中では大イベント。とりあえずはいつも通り学校へ登校し、教室でお弁当を食べて帰って来たのだが、テンションは低めで複雑なんだろう。

僕が小さい頃、いろいろ思い出してみると「運動会は晴天」という記憶しかない。風もなくカンカン照りで暑い記憶…。徒競走やリレーで誰かが転ぶと砂ぼこりが白く舞い上がって、声援と太陽のキラキラした感じがずっと続いていくような感覚が蘇ってくる、そんな運動会…。中学校の頃は運動会というより「球技大会」の記憶が色濃く残っている。確かバスケットだったのか、当時の仲間達は平気で反則をして退場をくらっていたのを思い出す。

社会人になってからはそんな運動会に参加するという事もなくなり、それこそ10年後、20年後あたりに結婚して子どもができて、初めて親として見て参加して…。そして、僕のように自分が子どもだった頃の運動会を思い出す。一瞬にしてまるでタイムマシーンにでも乗ってしまったかのように、はっきり思い出してくる運動会。これはきっと親子代々受け継がれて行くイベントなんだと思う。この運動会をちょっと調べてみると、まず学校運動会の目的は協力・調和・連帯感・団結力などを養う点にあるとされています。また、運動会の起源はヨーロッパにあるとされ、欧米では体育及びスポーツの分化により、一方では特定種目の競技会やそれを複合させたスポーツ競技会、一undoukai.jpg方で子どもによる伝統的な遊戯まつりやピクニック会などへとつながって今日に至ってます。そのため、日本の運動会のように参加者が一定のプログラムについて順次全体としてまとまりながら競技・演技を行う形式の体育的行事は「近代日本独特の体育的行事」といわれています。なるほど日本ならではの行事の一つだと。さらには、運動会が日本で行われだしたのは明治時代。当初、運動会は「競闘遊戯会」、「体操会」、「体育大会」などと呼ばれていたらしい。

日本で最初に行われた運動会は定説によれば、1874年3月21日、海軍兵学校で行われた競闘遊戯会であるとされている。ただし、1868年に幕府の横須賀製鉄所において技術者・職工らによって行われたものが最初であるとする説もある。(Wikipedia調べ)いずれにしても今から140年もの前から運動会は行なわれていたことになる。ものすごい歴史の持ち主なんですね、運動会って。

という訳で、今日は「運動会」について、なんとなく思うところを書き綴ってみました。世のお父さん達もついつい子ども達の運動会で張り切ってしまいますが、毎年けが人も出ているようなので、くれぐれも無理をしないよう気をつけて下さいね。それでは、また。


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テーマ:頑張れ自分。 - ジャンル:日記

いま一番観たい映画

いつもまにやら季節は本格的な秋。特に衣替えをしない僕にとって夏の時期でも洋服ダンスにかかったジャケットをおもむろに着だす。そんな時、自分でスイッチを切り替えるように「頭の中で衣替え」をしています。どうやら僕はいつもいろんな事を考えているようで、なにも考えていないのはたぶん、寝ている時だけ。どこかへ出かける時もバイクに乗って走っている時もいつも頭の中で何かを考えている。そしていつも「お金」のこともつねに考えていてこの数ヶ月はイメージしていることが多いかもしれません。この先「デザイン」だけで生きて行けるのだろうか?仕事は継続してくるのだろうか?等、あんまり考えたくないけど「お金」のことは大切な事。妻がいて子どもが二人いて…。この先の不安は時に荒波のようにぐるぐるする。

今から10年程前にデザイン会社を立ち上げ、設立5年間ぐらいは順調でかなり利益も出て利益率も50%以上の時もあった。それから比べると今は信じられないようなぐらい仕事量は減った。仕入れ業者もいくつかは倒産したりもある。そんな現実の中でもなんとかしがみついて「デザイン」に執着している自分…。いっそのこと足を濯って生活の安定のために “まっとうな” 仕事に就いた方が良いのかもしれません。最近はそんなことばかり考えてしまう。と、難しいお話はこのへんで…。

ところで、今回の「いま一番観たい映画」そして父になるというお題ですが、やはり最近話題にもなっている是枝裕和監督作品の『そして父になる』である。ビジネスマンの野々宮良多(福山雅治)はある日、6歳になる息子・慶多が実は、出生時に病院内で取り違えられた他人の子供だったことを知る。妻のみどり(尾野真千子)共々大きなショックを受けた良多は、重大な決断を下さなければならない事に苦悩しながらも、取り違えの相手である斎木夫妻(リリー・フランキー/真木よう子)との交流を通して成長していくって物語。ちなみに、是枝が同作品に感動したという「スティーヴン・スピルバーグ」とロサンゼルスで対談した結果、米映画会社のドリームワークスでリメイクされることが決定というニュースでも話題になっていますよね。

ただしこの映画を観に行くには我が家の子ども達には難しすぎるので「おばあちゃんち」に預けて観に行くようかなと…。本日「映画の日」で観に行きたいところだけど、平日でちょっと難しそうだ。とにかくこの映画の「最後」はどうなるのかが気になって仕方がない。映画タイトルの「そして父になる」という言葉の中に、何か深いものを感じるし、自分に置き換えてみて、いくら自分の子どもじゃないと解ったとしても6年間も一緒にいて我が子として育てて来た訳だから…。悩みはするけど僕だったら今までのままその子の父として暮らし続けると思う。そしてもう一人、血の繋がった子どもがいる事を喜びながら生きてくと思う。みなさんはどう思いますか?

という訳で、今回は「映画」というテーマで投稿してみました。また、観てからの感想もアップしますので楽しみに待っていてくださいね。いやぁ〜映画って劇場で観るべきですよね?
それでは、またお会いしましょう。


テーマ:気になる映画 - ジャンル:映画

祝日の週

ごきげんいかがですか?Sei2です。なんだか久しぶりの投稿ですごく新鮮な気分。復活してからついついまた書き込みしたくなったしだいです。今日は秋分の日の祝日でお仕事お休みの方もそうでない方もお疲れ様です。今週は短い週でしたけどどんな一週間でしたか?

さてさて、先日の祝日は敬老の日でしたが、そもそもこの祝日は敬老の日兵庫県は多可郡野間谷村村長ともう一人の助役によって1947年頃に提唱した「としよりの日」が始まりとされています。これは「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、敬老の会を開いていたらしいです。これが1950年からは兵庫県全体で行われるようになり、のちに全国に広がった。とされています。その後「としより」という表現は良くないということで1964年頃「老人の日」と改称され、翌年には野間谷村からの政府への繰り返しの働きかけで、国民の祝日「敬老の日」になったのだそう…。また「こどもの日」や「成人の日」があるのに「敬老の日」がないのはおかしいとの声も多くこれをキッカケに全国へと広まったとされています。一つの村の村長らが始めた「敬老の会」によって今では「おじいちゃん、おばあちゃんに感謝して」息子や孫達が手紙を書いたり、贈りものをしたり、日本人らしい風習が根付いています。ただ気になるのは高齢化社会が進み、これから先「こどもの日」も「成人の日」も無くなるような気がするのは僕だけしょうか…。そう言えばここ数日でようやく秋らしく過ごしやすい日が多くなってきました。それもそのはずで今日は「秋分の日」。この祝日もまた古くからある代表的な祝日で、毎年"9月23日"頃。秋分の日は、1948年(昭和23年)に公布・施行された国民の祝日に関する法律によって制定されました。またその同法第2条によれば、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としている。そう考えると「敬老の日」と「秋分の日」は非常に繋がりがあり、いわゆる「シルバーウィーク」の誕生である。まぁ、プチGWって感じでしょうか…。

という訳で、割りと間を空けずに更新しましたが、あまり「デザイン」だけにとらわれず、適当に進めていきますのでこれからもどうぞよろしく。素敵な週末をお過ごし下さいね。では、また(Sei2)

テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

お久でございます。

すでに3年近くもの時間が過ぎ「あっという間」の言葉通り、1年1年、1日1日の日々に感謝しながらとりあえずは健康で過ごしておりました。ご無沙汰しております。そして更新もないこんなブログにもちょこちょこ見に来ている方々がいらっしゃる…。本当に感謝です。さてさて、僕は元気です。皆さんお変わりありませんか?この3年もの間、デザイン業界の“ヘリ”を歩きながら時代の流れに負けそうで負けない日々。なんとか会社は現存はしているものの厳しい現実と戦っております。何度も言いますが、元気です。皆さんもきっと元気かと思っております。そう祈っています。
で、話せば長〜くなりますが、この数年間、仕事の変化だけでなくプライベートも含めその変動たるやハンパない状況…。例えば、2003年に設立した会社も目黒区中目黒のビル屋上から一時渋谷区(自宅)に引越し、そしてさらに数ヶ月後には埼玉県さいたま市へと事務所兼自宅を移し現在に至っています。新しい環境にはだいぶ慣れもしましたが、やっぱり東京との物価の違いや、物事での価値観の差…。さらには業界の温度差みたいなモノの違いには些かカルチャーショックを受けたりもして、まぁそれも勉強、日々修行!等と前向きさは以前と変わりませんけどね…。

本当にいろんな事がありました。一番記憶に新しいのは忘れてはいけない「3.11 東北大震災」…。様々な事件、事故。政権交代に企業の合併や倒産…。いじめや自殺…。大好きな家族や知人の死…。離婚(汗)…などなど、生きていると本当にいろんな事があります。でもそんな人生でも楽しいと思いながら前に進む。ちゃんと明日は来ます。間違いなく…。そしてそして、新しい出会いもありました。新しい家族と僕にも子どもができました。子どもは楽しくて素晴らしいものだと本当に知りました。新しい仕事も始めました(Wワークですけど…)。二足の草蛙の大変さも知りました。まだまだ、まだまだたくさんお知らせしたい事がありますが、とりあえずは「復活準備号」とでも言いましょうか?…

今回からどれだけのペースで更新できるかは解りませんが、完全復活を目指してちょこちょこアップして行きますので、これからも宜しくお願いします。そしていつもありがとうございます。(sei2)

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A U T H O R

sei2prof
グラフィックデザインをはじめ、
企画力とコンサルティングを武器に
つねに新しいデザインを追求しながら
熱く走り続けて20年余・・・。
デジタルデザインが当たり前のいま、
切った、貼ったのアナログデザインの
経験を活かし、あくまでもMacを
道具として使うデザイン中毒者。

このブログでは、世の中の全て、
身近な物にもデザインは存在する。
という観点で熱く語ります。
楽しくなければデザインじゃない。
遊ぶように前向きにってことで・・・。


・日高 聖二 Seiji Hidaka

・神奈川県川崎市生まれ

・10代から独立心が強く
 様々な挫折をしながら経験を積む。

・21歳、家族の勧めで広告業界へ
 営業と版下のノウハウを覚えながら
 独学でデザインの基礎を身につける
 20年以上のデザイン経験者

・2003年 12月2日 デザイン会社
 SEI2 GRAPHICS&CO. 設立

・座右の銘:この世は修行

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