2007-03

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作品に宿る力。

いよいよ桜の花が満開のお知らせ。さすがに僕の事務所近くの目黒川はものすごい人・人・人。一体どこから?と思う程の老若男女と人が多い。見に来るのはいいけどちゃんとゴミ捨てはして欲しいですね…。年々汚くなってるんですけどぉ…

さて、先日の日曜日、文化村で生誕100年を記念した「レイモン・サヴィニャック原画展」に行って来ました。ここ数年で彼の作品はカフェや雑貨屋、洋服屋とあらゆる場所で目にする事が多くなりましたが、彼の作品は単純な構図の中に鮮烈な色彩、フランス伝統のユーモアとエスプリを見る側にストレスを感じsavignac.jpgさせることなく、鋭いメッセージを込めているなぁと感じさせてくれます。彼の生い立ちを見てみると、1907年にフランスのパリに生まれ20代で当時の人気ポスタリストでありアールデコの巨匠と呼ばれるカッサンドルに師事、その関係は師のアメリカ進出までなんと約10年間も続いたそうです。そして、長く険しい下積み時代が続き、それまでの濃い霧を振り払うかのように『牛乳石鹸モンサヴォン』で一躍ポスタリスト界のトップになり脚光をあびたのです。すでにサヴィニャック41歳の時です。いわゆる遅咲きのアーティストな訳ですが、それからというものパリの街には彼のポスターを見ない日はないという位、街のあちらこちらでという状況だったようです。そんな中、当時人々は彼の作品に対し「ヴィジュアル・スキャンダル」とか「視覚ギャグ」という評価をされながらも、そんな事は気にせずさらにパワーアップする彼の特異な才能は止まらないのは言うまでもありません。その後、2002年94歳で永眠するまで、精力的に仕事に取り組み世界各国の企業のポスターを制作し続けた、と言われています。そんな彼の人生はどこか素敵に思えてくる程、絵の中に彼のメッセージが現れていると感じます。また今現在でもサヴィニャックの自宅があったパリから車で3時間ほどの小さな港町トゥルービルには、彼の作品が数多く残りまさにサヴィニャック通りらしい…。うう、行きたいぃ~。今回の文化村の展覧会では、彼の作品を数多く所有するギィ・アンティークギャラリーの山下さん秘蔵の作品も展示されトークショーも開催しているようです。僕は残念ながら逃しましたが、その方とお話をする事はできました。あまり知られていないサヴィニャックのちょっとした裏情報等も聞かせてもらったり、ますます彼の魅力に引き込まれてしまった僕なのでありました。ってかすぐ感動してしまうもので…(笑)※開催は渋谷東急文化村で4月1日までです。お急ぎ下さい!
●右の作品は、1984年頃の作品『世界の子どもたちを助けよう』(ポスターカラー・紙/原画)という表題で文化村にも展示中。ユニセフ関連の作品ですが未発表のようです。

久々に展覧会なんて行ったので全てが新鮮で、とても素直な気持ちで鑑賞に浸れましたが、彼の絵に対する情熱やユーモラスな感覚にはもう脱帽です。人間が持つ素晴らしい力をも感じながら原画展を満喫する事ができました。それと、よく雑貨屋等で見かける作品のほとんどは印刷物ですが、今回の原画展はその名の通り原画で未発表作品ばかり…。雑なようで洗練されたタッチや構図、そして色彩の豊かさ。ウィットの効いたユーモアのセンスからはきっと楽しんで描いていたのだと確信さえ感じる事ができました。そして、カッコつけずに余計なモノは取り除き、かつ伝える商品や広告のインパクトはキャッチコピーなんてなくてもしっかり確立している。まさに絵画でもなく広告でもない枠を超えた表現方法なのだと心の底から思う事もできた。忙しさにかまけてゆっくり鑑賞に浸るという時間を忘れていた僕にとっては「何かが動き出す」という感覚を体で感じたように思います。い、いや、彼の絵の力に突き動かされるような感覚と言った方が正しい気がします。やはり原画にはその時々の想いや思想が感じられるだけではなく、一瞬にしてその時代へと行けるような世界観は、作品の中から何か問いかけられているように不思議な力が宿っていると、そんな風に感じました。ちなみに、僕もグラフィックだけではなくイラストを描いたりもするので筆の使い方や構図、色使いはとても参考になったし、そのタッチの出し方を感じる事ができたのがとても嬉しく思うのです。まぁ、まだまだ足下にもおよびませんが頑張ります。

そう言えば、六本木に新しく誕生した国立新美術館でも「異邦人たちのパリ展」を開催しているので近いうちに見に行こうかと思ってます。また感想等をエントリーしようかと思いますのでお楽しみに。たしか5月までだったかな…。

忙しい日々の仕事の中で、自分に余裕を作ってこれからも色んな作品展に行きたいなと思う今日この頃…。みなさんもたまにはパソコンから離れてぜひ展覧会にお出かけください。きっと桜の花よりももっと素敵な発見があるかも、そんな気がします。それでは、また。

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テーマ:アートイベント - ジャンル:学問・文化・芸術

デザインを教えた日。

そろそろ桜色になりそうな中目黒の目黒川。自宅から僕の会社に向かう途中、いつも通る道なんですが、これからの時期は避けて通る事になります。あまりにも人が多すぎて原チャリとはいえ足止めを食らうのです。皆さんもそろそろお花見の用意でしょうか?

さて、先週の土曜日に僕が参加している飲食店向けの開業支援塾で「お店のロゴデザインについて」をテーマに講義してきました。お店のロゴデザインには店舗の規模にもよりますが、イメージという概念が常に必要になります。そして飲食店の場合、食べ物、口にするという面も含めお店でいかに美味しく食べていただくか、そして美味しそうな演出へと繋げるための店名=ロゴマークはとても重要な部分だと思います。とはいえ開業資金の予算の中でいかにいいモノを作るか?という難しさ…。最近ではパソコンの普及でシロウトさんでも文字組を作る事が容易にはなりました。実際にそういう感覚でロゴマークを作っているお店も沢山あるようです。ここで問題なのは作ったロゴを店舗のイメージ通りにいかに展開していくのか!という問題。大切なのはディレクション力。デザインを経験してきた僕でさえ、様々な観点から検証し悩む位なので当然のように経験のない方では全くどうして何をどうしたらいいのか解らない…、というのが現状のようです。

ロゴの世界観を活かしながらイメージを統一していくという作業は簡単なようで実に数学的でもあり理論的に作り上げて行く必要があります。特にデザインを作っていく過程はいわば「目に見えない」部分が多く、形になって初めて感動を与えたり、お店としてのブランド力を高めて行く事になって行きます。当然のようにデザイナーの方々の多くは最終形までのイメージが自分の中にちゃんと確立していてそれによって確実に進行していく事が可能な訳ですが…。また、ロゴマークが完成するまでの過程を知ってもらう事も重要なプロセスだと思います。ipudou.jpg例えば「一風堂」など有名店を数多く手掛けるプロデュース会社の「パシオ」では、店名ロゴをまず最初に仕上げ、そのイメージから店舗設計へと落とし込んで行くというとても解りやすいイメージ作りしています。そんな内容も盛り込んだ講義では、店舗のイメージ統一の作業と全体的な展開例をできるだけ解りやすく受講生の方々に理解していただきながら「失敗しないお店作り」を提案する。立地条件やターゲットもしっかり考えながら、いろんな角度で検証する必要もあります。しっかりとした企画こそお店永続のためには重要な事だと思っています。そんな講義は、僕にとって今後のデザイン業に携わる人間として重要なテーマになっていると感じています。とりあえず今回は第5期目という事もあり、受講生のツボはおさえて講義はできましたが、本当に伝わったのかどうか、不安は残るところですけどね。それと、普段全く使わないパワーポイントのデザイン性もさらにアゲてかないといかんなぁ~。ってか使いにくいよねPPTって…。WINマシンだし、書体いまいちだしね…。まぁ、僕の場合はタイトル等はほとんど画像で貼付けているのでそれなりに仕上がっていますが、できるだけページ毎のデザインを見やすくしつつ「さすがだな」と思われるようにデザインにしないといけません。アニメーション機能も有効的にね…。

小さい活動ではあるけれど「デザインを伝える、教える」いうのは、僕にとってのモチベーション向上に繋がり、もちろんこれからお店を始める方、そしてお仕事を頂いているクライアントさんを通してデザインの大切さやモノ作りへの取り組みを皆さんに伝えていきたいと思います。そんな風にさらに感じてしまった土曜日の講義でありました。いい緊張感もあったりして講義が終わった後の達成感もなかなかいいもんです。また、受講生の方々のロゴマークを含めたデザインの大切さや価値観の違いを感じてもらえれば幸いかなと思っています。

という訳で、今回のエントリーは僕の講義のお話でしたが、このブログを読んでくれている方々の中で将来自分のお店を持ちたいという方にとって何か参考になればいいかなと…。デザインを含めたコンサルティングは大事です。そして自分だけの感覚ではなくマーケティングも含めたプラン作りをしっかりたてる事をお勧めします。ちなみに相談も受付中ですのでお気軽にどうぞ…。それでは、また。

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テーマ:デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

人として大人として…

ここ最近は天気は良いものの、北風も吹いたりしてまだ寒いですね。みなさんはいかがお過ごしでしょうか?風邪などひいてませんか?僕はというと忙しい人がなりやすい皮膚病になったりしていますがとりあえず元気で前向きに日々過ごしています。

さて、今日のお話はタイトル通り「人として」のモラルについて想うことなど書き綴ってみます。いきなり不躾な質問ですが、みなさんは自分が買ったものや誰かにお願いして作ってもらった時、それに対する「お金=報酬」はもちろんちゃんと支払う筈…ですよね。僕の仕事もお客様の要望をお聞きしてコンセプトを作り、デザインワークで仕上げます。そしてお客様からその「お金」を頂戴しお互いの信頼を築いて行く訳ですが、大の大人がその見返りの支払いをしない場合があるのです。まさに僕は今、その境地に立っている状況。見積もりを出し、金額の確認までしたのにです。額もそれなりに大きいので会社としてのヤリクリは大変です。まぁそのお客さんは「払わない」のではなく「払えない」状況でお店も閉店になる始末(泣)…。お店とはとある飲食店なんですが、ロゴマークを作り看板のデザインを手掛け、お店のコンセプトに合わせながらすべてオリジナルのモノを作り上げました。去年の10月末の請求で未だ入金はありません。お店の事情は判るけどそれとこれとは話が違う。依頼する側は自分を犠牲にしてでも作った人に対して「支払う」というのが筋な訳で、人として社会人としてのモラルだと思うのです。ビジネスライクで言えばお金=信用。人間不信にもなりそうな位、辛く悲しい出来事です。どうしてそんな事ができるのでしょう?サラ金、ヤミ金の世界のような踏み倒しがどうしてできるのでしょうかね…。残念でなりません。もちろん、法外な金額を請求している訳ではなく、何がどうしてって感じです。とほほ…

その現実には、依頼側の生活もきっと大変で自分の事で精一杯…。だから払わなくていい?という発想自体、僕には信じがたい。そういう人がいること自体許せないのです。何だか今回の内容は僕の愚痴になってしまってますが、誰かに言いたくて仕方がない状況です。さらに許せないのは連絡を貰えないということ…。しかしながら間に入っている会社の社長さんは事の重大さにいろいろ対応をしてくれています。それが何よりも救いにはなっているので時間は掛かりそうですが回収する事はできるでしょう…。そう願っています。

その1つの行為で人は信用を失い、誰からも愛されない状況を自分で作ってしまう。全てはその本人、自分のせいな訳で…。とにかく悲しい現実を痛感しているのです。人としてのモラルは社会の中にもたくさんあります。様々な事件も事の発端はみな同じ。想像力の欠如と思いやりの無さ。それでも生きて行ける日本、そして世界…。そんな国でも平気でヤリ過ごせる平和な国…。って何か間違ってないかっ!って(怒)。はぁ~…orz
neet_img.jpg例えば、ある人は今のニート等を見て「何の生産性も感じない」と言いました。でも、それは一生その人がニートである筈がなく、その人の通過点。その経験がきっとその人にとって何かを変えさせるキッカケなんだと僕は思う。ってか、人間とはそれで終わる筈がないと思います。ニートよりタチが悪いのはお金のズルさや自分の事しか考えていない大人達。その人達の方がよっぽど問題ですよね。確信犯な訳ですから…。

仕事=お金+信用と信頼=成功。この仕組みは人間が永年生きている中で当たり前の事。そして守らなければ行けない事だと僕は思います。恐ろしいのは一瞬にしてその全てを失う事。金の切れ目が縁の切れ目などと人はよく口にします。しかし、ビジネスを通して縁の切れ目では済まされない現実。全く関係のない人達までも不幸の道連れなんて最低だと思います。ただし、僕はそのお客さんを恨んだり憎んだりはしません。ただひたすらに連絡を待っているだけです。もちろんサポートをしてくれている社長さんがいるからこそ、そんな気分でいられるのですがね…。いろいろありがとうございます。感謝、感謝です。

ということで、借りたものは返す、払うものは払う。そんな当たり前の事ができなくなって来た社会で、いかに自分と家族、仲間達を守って行くのかが最大のテーマ。何だかサバイバルな感じでモラルとマナーは何処へやらだけど、デザインの世界だけではなく、社会貢献とまではいかなくとも何とか変えようと思う今日この頃です。それではまたお逢いいたしましょう♪

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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

誕生日は感謝の日

早いもので3月に入って既に20日。小生こんな僕でも誕生日はある訳ですが、今日がまさにその日です。ということで今回のお題目は「誕生日」。僕が思う誕生日をテーマにお話します。

人々の誕生日は、友達同士でパーティーをしたり恋人同士でお祝いしたり…。当の本人を祝うものという感覚があたりまえになっています。もちろんお祝いやプレゼントもうれしいし素敵な時間を過ごして幸せな気分を味わえる日…。バースデイソングもそんな内容の歌詞ですよね。とはいえ40代半ばになるとそんな嬉しい気持ちはあるけれどどこか切ない気持ちになったりするのです。それは自分が歳をとったなと感じる以外に生んでくれた母さん、そして父さん、先に生まれて面倒をいろいろ見てくれた兄が確実に僕より歳をとっていると言う現実。“切ない”と言う感情はそこに尽きるのです。人は順番に死んで行くのが一番幸せ。それは誰にも止められないけど、やっぱり切ない気持ちになってしまうものですよね…。ここ数年、誕生日の度に想うのは以前母方の祖母が他界したときお寺のお坊さんが話してくれた「一休さん」の話を思い出します。

昔々、寺の住職が子ども達を集めて説法をしようとしていた時、一通り同じ寺の僧侶達は子ども達にいろんな話をし終わっていよいよ一休の番。ikkyuu.jpg彼は子ども達に向かって言った言葉は「親の死、子どもの死、孫の死」「孫の死、子どもの死、親の死」と…。当然住職や他の僧侶は驚きました。さらに一休は「人は順番に死んでこそ幸せな事…、順番が逆になるほど辛いものはない」とだけ言ったそうです。この単純明快な説法にはさすがの子ども達もなんとなく感覚で理解した、というお話です。順番が逆の場合、事故や殺人、災害等の場合でしょう…。人の道というのは決まっていて順番通りが一番の親孝行であり幸せという事なのです。っていきなり誕生日の話からやや重な内容ですが、世知がない世の中ではこの「人の道」も狂い始めているように思います。
※一休は、禅僧でありながら酒や女性を愛し、長く寺に入らず各地を転々としつつ仏の道を広めました。形式や規律を否定した反骨的で自由奔放な人生のために、彼はしだいに伝説化されて、様々なとんち話が作り出されたとされています。

また、最近ではスピリチュアルな方がテレビでよく申しておりますが、「生まれる時、子どもの魂は母親と父親を選んで降りてくる」なんて話もあります。僕は比較的こういうお話は信じる方なので「ほぅ、なるほど~」って感じなのですが、ここにも選んだのは自分かもしれないけどその子をちゃんと育ててくれた両親には感謝という事実は存在していると思います。そしてそこから繋がっているその他の人間達も同じ。全く同じように生まれて来ているのです。でも、どういう訳か生まれた環境や友達、先生、仕事仲間、上司などなどで一個人が確立しながら大人になり、基本はみんな同じなのに「首から上が違う人間」になってしまう。神の誤算とするならば人間に言葉を与えたのが全ての間違い?なのかもしれません。

これからの人間にとって環境破壊を食い止めるのはもちろんの事、「感謝」という感情を大切にして意外と「誕生日」をちゃんと考える事で何かが変わるような気がします。増え続ける自殺も殺人もそういう事から減らせるような、そんな気持ちでいます。まぁ僕がブログで言ったところでどうにもならないのは解っているのだけれど、自分のための誕生日という概念を捨てて(うれしいけど)感謝する気持ち。少なくとも僕に関わっている人達にはそんなメッセージを伝え続けていきたい。そんな今日この頃です。

とうさん、かあさん、僕を生んでくれて本当にありがとう。僕はあなた達の誇りになれるようにもっと強くなってたくさんの親孝行をして行きます。それは幸せなあなた達の人生のために…
そしてみんなのために…。なんてなぁ。

追伸:今日は重い話ですみません。でも、正直な気持ちです。(笑)

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テーマ:雑記 - ジャンル:学問・文化・芸術

観るコトの楽しさ。

いやはや不思議なもので、ブログのデザインを変えてみると以前より積極性が出て来てエントリーしなきゃ、という気持ちが強くなった気がします。っていうか解りやすい性格?なので新しいフォーマットができたのが嬉しいのですよ(笑)単純に…

さて、皆さんは「映画」を観たりしていますか?洋画、邦画問わず映画の世界にもたくさんのデザイン性が見え隠れしています。例えば、販促グッズとかではなく、シーンの中の構図や色の配置等、何気ないシーンやグラフィカルなビジュアルでのカメラワークには一瞬たりとも見逃せないくらいのカットがあったりします。そんな映画を見ている時、いつも自分なりに切り取ってみたりしてデザイン性をたくさん感じたりしています。それと、ここ最近では洋画だけではなく、邦画も海外から注目されるほどにやや成長しているように思います。それはとても嬉しい事なんですが、ただ全体的な傾向としては、映画館で観るというより圧倒的にDVDでゆっくり家で、というのがほとんどなのでしょう。確かにストーリーそのものは映画館で観るのとなんら変わりがないんだけど、やっぱり臨場感とまるで展覧会や美術館のような空間の中での映画鑑賞は、どこか逃避や現実離れした感覚になれる事こそが「映画館で観る」という最高の醍醐味なのです。あの見終わった感覚はDVDでいくら大画面で観ても全く違うのです。こんな事言っている自分もここしばらくは映画館で映画を見ていないんだけどね…(汗)。映画のスクリーン、サウンドの広がり、登場人物のリアルさ加減は、やっぱり映画館が最高です。忙しいからとか混んでるからとか、どうも映画館離れになっているようだけど順番はさておき、映画館で観たらDVDでも観るようにすると全く違う感動があったり、その逆ももちろんある。i am samただ単に映像のスケールとかではなくて、その時の見る側の感情や精神的な部分がまったく異なってくるように思います。解りやすく言えば映画館で観た後は「もう一度観たい」という感情があるのに対し、DVDではそれをあまり感じない…。この違いはやっぱり見る側の置かれている環境や感情が大きく関わっていると思うのです。僕が観た映画の中では「I am Sam」なんてのは映画とDVDや放映テレビでは全く別物にさえ思えた。DVDでは細かい演出も気づかない事が多い気がします。

僕はよく映画のシーンを頭の中でコマ送りにする。というか癖で、それはイメージという形ではあるけれど、例えば人物の撮影をディレクションする場合でもそういう感覚は非常に役立つ。ストーリーは複雑だったり意味不明で嫌われがちなイタリア映画なんてデザインの宝庫なんて事まで思ってしまう。結局、ストーリーはどうでもよくなったりしますね…。もちろん個人差はあるけれど映画を見る事で自分の頭の中の引き出しが増える。そう思っています。まぁ、職業柄という事もあるんだろうけど「何でも新鮮な感覚で観る」事でつねに新しい引き出しが増えて行くのです。あとは記憶力を向上させる事…。これは非常に個人差があるので考えるのは難しいけど、心掛け1つできっと記憶の箱も増えるはずなのです。デザインの仕事以外の職業でも、とにかくいろんなモノを観る事をお勧めします。それがいつしかきっと研ぎ澄まされたセンスになったりして、いわゆる「応用」が効く頭となる訳です。一瞬のひらめき程グッドアイディアだったりするのですから…。そんな人ばかりになれば本当の意味で「美しい国、ニッポン」がやって来る。そんな気がします。

それと、今僕が興味があるのは「映像の世界」。今までに数点のプロモーションビデオを監督・演出もしたけど、やっぱりあのモノ創りの楽しさは忘れられない。いつかきっと「短編映画」を手始めに、映画を作ることを実現したいっ!っとそう思う今日この頃なのです。ますます忙しくはなるけれど、それが僕の生きる道…、なんてな。

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テーマ:デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

自分ブランド

なかなかエントリーする時間がありません。とはいえ思うこと、伝えたいことは沢山あったりして…。とりあえず3月に入ってから一度もエントリーしていなかったことに気づいた次第です…(汗)。いつも見に来てくれている方々、ごめんなさい。

さてさて、ここ数ヶ月FC2の共有テンプレをお借りしてたのですが、このブログには僕のオフィシャルサイトからのアクセスも結構あるようで、できるだけイメージを統一した方がいいと兼ねてから思っていたので少しづつ仕事の合間をぬってちまちまとカスタマイズしておりました。いちおうは自分もそして会社もブランディングし始めたと言う感じです。特に会社案内とかは作ってないので名刺とか季節の案内ハガキとかHPとかはできるだけイメージの統一は意識しておりますが。でブログもなんとかイメージを統一したかったので、次のエントリーに合わせてリニューアルしようと…。そんなこんなで疎かになってました。まぁ時間がなかったと言えばそれまでだけど、何とか仕事仲間にアドバイスを受けつつ完成と相成りました。それと、今まではテーマに沿った写真探しも意外と大変で、とくに忙しい中で探すのは当然更新も遅れて…。なので写真が必要な場合は掲載しますが、基本的に文字要素中心でエントリーとさせていただきます。今後とも宜しくごひいきに。

それにしても少し前では当たり前だったテーブル組のサイト作りに比べ、CSSってのはもはやプログラマー的な感じで切った貼ったのアナログデザイン人間の僕にはいささか?マークがたくさん出まくり。見た目でバランスをとってササッとは行かない歯がゆさもあったりして、つくづく僕には向いてないなぁなんて思いつつとても勉強になったこの2~3週間でありました。でも、ここまで来て思うのは確かにテーブル組に比べると言語の違いがややあるものの、理解をしていれば簡単かつ更新が楽なんだなと思います。ただ今までのテーブルを覚えた後でこの「CSS」というのは1から始めることになり概念そのものを理解する必要がありますよね。あとはやっぱりこういう仕組みを一番最初に考えた人…、素晴らしいと思います。理数系が全くダメな僕にとっては何とも未知の世界。それと同時に人間の能力の素晴らしさまでも痛感した次第です。世のWEDデザイナー諸君、これからも頑張って下さいまし(笑)。

そうそう話は変わりますが、皆さんは教育テレビの「ピタゴラスイッチ」という番組をご存知だろうか…。その番組の中で、慶應義塾大の教授を含む制作チームで作っている「ピタゴラ装置」なるものが紹介されています。たまたま友達からDVDをもらって見たのですが、そりゃもう感動モンです。単純なカラクリで1つのビー玉が転がりながら連鎖してスイッチを入れて行くんだけど、ドミノのような単純な動きではなくて、ちゃんといろんなモノが協力し合って完結する装置なのです。分りやすく言うと朝目覚ましがなったと同時にヒモが上がって仕掛けてあったたまごが転がって自動で目玉焼きを作る…、みたいな感じかな。しかもその装置に使っているパーツはほとんどが日常に転がっていそうなものばかりってとこも何だか楽しくて関心する。フライパンとかレンゲとかガムテープとかとか…。また、それぞれにその装置のタイトルがあってそれもまたいい。「我が道を行く」なんてタイトルもあったりします。たかが教育テレビって侮るなかれ、真剣に大人達が子ども達とそのおとうさん、おかあさんに伝えようとしている「楽しいオモチャ作り」。いつの間にか忘れさられてしまいそうな「夏休みの宿題感覚」は実に素晴らしいと思いました。みなさんも機会があったらぜひ見て下さい。モノ創りってこういうことをいうんだなって、きっと思うハズですから。僕の場合は、人の人生みたいに見えてしかたがなかったけどね(笑)

ってな訳で、久々のエントリーでようやく自分のコトもちゃんとしないとねと思える今日この頃。みなさんはどうしてますか?お仕事楽しんでますか?いろいろどうせやらなきゃいけないんだから楽しみましょうよ。それが大事なのです。それでは、またお会いいたしましょう。

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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

Sei2って、こんな人

今まで「経歴物語」と称して今の今までの経歴を綴っていこうと思ってましたが、登場人物にご不幸があったので閉鎖しました。そのかわりと言ってはなんですが、やや具体的な経歴なんつうモノを記載しようかと思います。ブログって顔は見えないけど言葉だけでは伝わらない事も何かとあると思うので、このサイトに訪れた方に少しだけでも僕を知っていただければ幸いです。

神奈川県川崎市・武蔵新城の音楽・芸術系の家庭に次男として生まれた。病院は武蔵小杉の総合病院で、朝方4時前に産声をあげたらしい。家から15分程歩いた幼稚園に2年間通いはしたが、体があまり丈夫ではなかったので結構休み(サボリ)がち。ちなみに「赤3組」、「黄2組」だった。確か…。
黄組の時、初めて「骨を折る」という痛々しい経験をする。痛くて眠れなかった。そして幼稚園の「赤組」の頃、母親の勧めで合唱団に入り小学校6年まで習っていた。学校の勉強はすでにその頃から嫌いで当然のように成績は後ろから数えた方が早かった。小学校に入ってからも相変わらず遊んでばかり。休み時間の鐘がなっても当時仲良しだった友達と授業開始から15分まで遊び、よく廊下に立たされる。でも、誰もいない平日の校庭はとても素敵に見えたのをよく覚えている。

合唱団を辞めて中学の入学時は友達が転校したり、違う学校へ行ったりと淋しい思いをした。部活は体操部に入り、かなり神奈川では優秀な成績だっただけに超スパルタ。よく泣いた。中学2年の頃、何だか目立っていたのか先輩から呼び出しが…(汗)たしか科学室だった。軽く殴られたりはしたが、すぐ打ち解けてしまい、難無くこなす。中2の2学期、父親が横浜市緑区(現青葉区)に家を購入~転校となる。「転校生」という当時は嫌な経験を味わった。そして中3の頃には、やんちゃな友達ばかり増え、学校でもリストに載ってしまったが、先生たちは皆好きだった。今思えば「金八」の最初の頃と全く同じだった。そんな世界だった気がする。

当然、中3ともなるとクラスのほとんどは受験勉強の毎日。僕と友達らは、そんな他の人達をよそ目に毎日よく遊び、よく寝ていた。就職する奴、専門学校へ行く奴ばかりで受験から遠い連中ばかり。そんな中、僕の父親は教育者という立場だったし両親の希望を受けて高校へ行く事を考えたが、とにかく仕事がしたかったので「定時制高校」を選択し、朝からレストランで見習いをしながら夕方から高校へ行くと言う生活がはじまった。だが、仕事の楽しさから学校はサボリがちになり親の反対を押し切り、結局中退。その後はイタリアンレストランや焼き鳥屋の焼き場担当、クリーニング店のプレスや食品店の店員。整備工、ガソリンスタンド、トラック運転手等々転々としつつも器用貧乏でこなしてしまう。学歴三行、職歴は書き切れず別紙参照(笑)。そんなこんなで4tトラックの運転手の頃、長距離やら体力の心配受けて兄の影響でデザインの道へと入り込んで行くのでした。いつしかデザインの面白さ楽しさにハマり、自分にはこれしかないって思っているのです。

いろんな経験をした来たけど無駄には決してなっておらず、そんな自分の成長を感じるようにまで大人になった。学校を出るのが必要な人もいれば、僕のように自分の好きな仕事をして来て見つけられる人と様々なんだなとつくづく思う。やっぱり人は何か目標を見つけ、自分に気づく事が人生にとって大切な事なんだと思う。

…この世は修行。って気づいた自分。死ぬまで一生、モノ創りをし続けて行くことにします。

テーマ:自己紹介 - ジャンル:ブログ

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A U T H O R

sei2prof
グラフィックデザインをはじめ、
企画力とコンサルティングを武器に
つねに新しいデザインを追求しながら
熱く走り続けて20年余・・・。
デジタルデザインが当たり前のいま、
切った、貼ったのアナログデザインの
経験を活かし、あくまでもMacを
道具として使うデザイン中毒者。

このブログでは、世の中の全て、
身近な物にもデザインは存在する。
という観点で熱く語ります。
楽しくなければデザインじゃない。
遊ぶように前向きにってことで・・・。


・日高 聖二 Seiji Hidaka

・神奈川県川崎市生まれ

・10代から独立心が強く
 様々な挫折をしながら経験を積む。

・21歳、家族の勧めで広告業界へ
 営業と版下のノウハウを覚えながら
 独学でデザインの基礎を身につける
 20年以上のデザイン経験者

・2003年 12月2日 デザイン会社
 SEI2 GRAPHICS&CO. 設立

・座右の銘:この世は修行

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