2007-05

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音楽で救えない?

不幸な事件が起きている今日この頃、いかがお過ごしですか?子ども達の自殺が収まったと思ったら、今度は大人達が…。僕が思うのは、人生とは死ぬものではなく、生かされている。ということ。人も動物も自然に生かされ、得を受け生涯を終える…。あの世で楽しい日々を迎えるためにこの世は頑張るのだ。というのが僕の考えです。長生きしたいという願望は誰しも思うところだけど、「良い死に方」をすることにその意味はあるのです。なんて、重めの出だしになりましたが、今回のお題は、そんな死に急ぐ人達とは違った「生涯エンタテイナー」という人のお話です。生きる事の素晴らしさと心地よい音楽は比例している。という感じで…。

henri_jacket.jpgフランスで活躍する90歳にもなるミュージシャンがいる。その名も「アンリ・サルヴァドール」というお方。たまたま彼のCDを効く機会があってその曲を耳にして僕は鳥肌がたったのです。右のジャケットがアンリの唄うアルバムで、「レヴェランス~音楽よ、ありがとう!」という邦題もグッと来る。一度は音楽から遠ざかっていた彼は2000年に奇跡的な復活を遂げた。83歳で復活というのは、そう簡単な事ではない。翌年アメリカ、日本、その他世界各国でアルバムが紹介され、ブレイクを遂げた。情報によるとアンリ・サルヴァドールは、1917年生まれで、半世紀に渡る活動歴を現在も更新し続けているという凄い人…。そんな彼の肩書きを見てもその多才まれなる人間性が見えて来る。歌手、作曲家、ギターリスト、エンタテイナーであり、更には、パリおよびイール・ド・フランス地区ではペタンクという競技でチャンピオンにもなっている程の強者。彼がプロとして活動を始めたのは1933年16歳の時。1942年にギターリスト、シンガーとして初レコーディングをして以来、実に70年もの長きに渡って活動を続けています。「人生は楽しい」という言葉が相応しいその生き方は、世の自殺者に見習って欲しい位だと、僕は思う。ちなみにペタンク(petanque)とは、フランスが発祥の球技で、地面に描いたサークルを基点として、木製の目標球に金属製のボールを投げ合って、相手より近づけることで得点を競うスポーツです。

彼の歌を聴いた時、シャンソンの世界観では一般的な「人生の悲哀」を重く歌った曲がほとんどだけど、全くそんな雰囲気は感じられない程甘く、美しく、それでいて明るい印象。日本語の対訳歌詞を見ても、彼は「笑う」という事をとても愛していて、人生はこれほどに楽しいものだ、という事を教えてくれる。そんな気がします。優しく美しい声と歯切れの良いギター…。アルバムの1曲目に収録された曲「それが人生(ラ・ヴィ・セ・ラ・ヴィ)」を聴いて、僕が真っ先に感じたのは「音楽って、なんて素晴らしいんだろう」と心から思ってしまったのです。そして、とても90歳のおじいちゃんが唄っているとは思えない程の声の透明感と音楽の空気…。何か忘れかけてたものがフワッと思い出のように蘇ってくる感じ…。いろんな音楽を聴いて来たけど、久々の感動を味わったのでした。もちろん今でもフランスを代表する国民的アーティストとして愛されている人です。「誰がどうした、何を怒るのか」なんて事はどうでもいいから、まずは素敵な曲を聴いて一緒に踊りましょう…みたいな感じ。彼のメッセージから僕は、そんな印象を受けた。生きる事の素晴らしさって、生かされている事を楽しむ事なんだと…。そして、すべての音楽のエッセンスからスウィートな部分を「エンターテインメント」で仕立てた彼の音楽は、暖かい包容力に満ちた歌声によって、世界中で聴く人を幸せにしてくれるはず…。

動物も昆虫も植物も自殺なんてしない。考える能力と言葉を持った人間だけが自分を死においやってしまう悲しい現実は、素敵な音楽によって救えないものなのだろうか…。なんて思うのです。とは言え、尊い命を失ってしまった方々には心からご冥福の意を表したいと思います。きっと意味があって、そうしたんですよね?それがあなたの運命と宿命だったんですよね?後悔なんてしないで、あの世で安らかなる時間をお過ごし下さい。そして、来世で同じように繰り返さないよう、修行を積んでたくさんの素敵な音楽を聴いて下さい。

以上、「音楽で救えない?」は、救いたい一心でエントリーしました。今回はこれにて終了です。それではまたお逢いしましょう…。

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没後24年の作家

いきなり夏がやって来たかのような熱い日差しになったと思えば、雨が降ったり不安定なお天気ですね。と思いつつ中目黒にいます。さて、今日のお題は、僕の大好きな「TINTIN」の作者エルジェにまつわるお話です。死後24年も経ったのにも関わらず、僕の目にそのニュースは飛び込んで来たのです。

tinitin_pics.jpgご存知「TINTIN」の作者は、フランスを代表する漫画家のペンネームはエルジェというお方。あまり知られていないような気がするけど、エルジェによって描かれた素晴らしい作品でもあるタンタンは、クルッと巻かれた前髪とニッカポッカがトレードマーク。アニメというより、イラストレーション的でグラフィカルなそのキャラクター達は、独特の作家性を感じます。物語では、ソビエトや中国、アメリカ等、さらには月にまで行ってしまう少年レポーター・タンタンが、いつも同行している相棒の犬「スノーウィ」とで世界中をレポートしながら事件に巻き込まれたり駆け巡り解決して行くというストーリー。その独自の世界観とスケールの大きさは「漫画」という枠を超えた、エルジェならではの本当に素晴らしい作品達が残っています。かのウォーホルも、作者エルジェの顔をモチーフにした作品を残すほど幅広く愛され、今もなお、彼の残したキュートで愛らしいキャラクターは、コアなファンを魅了し続けています。そんなエルジェも今年で生誕100年を迎え、フランスはパリ市内のポンピドゥ・センターで今年2月まで開催されていた「エルジェ展」による数百点もの原画や資料を展示し、彼の魅力と功績を紹介しています。また、彼の芸術を世界に伝える発信地エルジェ・ミュージアムが、ベルギーのルーヴァン・ラ・ヌーヴに2009年頃、開館予定です。そんなエルジェの公式での死因は、白血病とされていました。しかし、没後24年経った今、輸血時によるHIV感染が原因で死亡した可能性があると、ブリュッセルによる時事通信は伝えているのです。情報によると、エルジェは晩年、先天性疾患の治療のため毎週、輸血を受けなければいけない状態で、その輸血によってHIVに感染し、最終的には肺炎で死亡した可能性があると言う事らしい…。死後24年もの時を経て、それはまるで彼のメッセージを伝えるかのようにヨーロッパでのニュースとなっています。僕にとって、エルジェの死因もさることながら、彼の残した作品達から受ける印象は、死の世界とは全く違う楽しくて、明るいユーモアたっぷりの素敵な世界。今になってもなお注目される「作者」の力は何か強いメッセージを感じます。

tintin_rocket.jpgさらには、驚くべき事にスピルバーグ監督、ジャクソン監督による映画化も決定した。公開は今のところ未定だけど、スピルバーグ監督率いるドリームワークスが「タンタン」を最新のアニメーションよるフルデジタル3Dアニメで蘇るのです。既に映画製作は順調に開始され「ロード・オブ・ザ・リング」のSFX工房でもあったデジタルスタジオによって数十分間のテスト版も製作されているという情報もあったり…。ただ、ファンとして残念な気がするのは、3Dというところ…。あのアニメーションのまま再現されれば何も言う事はありません。まぁ、公開されるのをゆっくり待ちましょうかね…。そんなこんなで、ここまでのプロジェクトの発端は、「エルジェ生誕100年」というキッカケからか、没後24年とは思えない程、その勢いを感じます。確かに各国の芸術家へ与えた影響力は言うまでもない事。何か1つのムーヴメントにでもなりそうな、そんな予感さえ感じる。一体、エルジェは天国からどんな風に見ているのだろうか…。ちなみに、エルジェは、かなりの車好きだったらしく(僕と同じで何かウレシイ)、「タンタンの冒険旅行」シリーズ23話を描くために、50年以上に渡って当時のイメージやシンボルを収集し、作品に登場させていたようです。そんな「作者のこだわり」が、後に多くの芸術家やそれを目指す人達に財産として残してくれた。それこそタイムマシーンでもあれば、作品の出来上がる過程を見てみたいものです…。最後に、エルジェの事を知って頂くために、彼の情報も記載しておきます。

◎エルジェ(本名:ジョルジュ・レミ)1907年~1983年
ブリュッセル生まれ。少年時代にドローイングを始め、1923年より本格的に作品を発表しはじめました。1928年には新聞の若者向けウィークリー増刊号「プチ20世紀」のチーフ・エディターとなり、翌29年には自作の「タンタン、ソビエトへ」が同紙に掲載開始。これがまたたく間に人々の人気を博し、それ以降、タンタンとスノーウィをソビエト、コンゴ、アメリカ、中国、そして月まで送り続け、世界中を駆け巡る全23話のタンタン冒険シリーズを残したのです。ヨーロッパ・コミックの父と称される彼の作品は、様々なアーティストに影響を与え続けています。「プチ・セブン」ならぬ「プチ20世紀」って、うぅ~読んでみたいですぅ。(笑)

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Blogの中の宗教?

いやはや、しばらくエントリーもせずに申し訳ありません。作業に追われつつも自分のHPをちまちまリニューアルしておりました。お時間がある時にでもどうぞオフィシャルへお越しくださいませ。最近どうですか?皆さんお元気ですか?早いもので5月も後半です。まだまだ夜は涼しい日が続いてますので、くれぐれも寝冷えには気をつけてお過ごしください。今日は今まであまり話さなかった自分の事を少しだけ話そうと思います。

blog_manabe.jpgここ最近では「ブログ」という1つのツールによって、例えば書籍が誕生したり、ドラマの原作になったり…。はたまた「ブログの女王」からなるタレントさん達の日常日記が話題になっています。全体的に多いのは「日記的ブログ」というのが定着していますが、僕の場合は「読んでもらえるブログ」と言うところ、自分の…ではなく、このブログを訪れた方のため、とでも言うように内容にはこだわっています。「誰かのため」という見えない相手に向かって自分をプレゼンしている。という訳です。実はそうする事で自分に対して「言い聞かせている」という作者側の心情もあったりします。想いを巡らせ、カチカチを打ち込んでいると、自分がこれからどうしたいのか?どこへ目指して行くのかが少しずつ、見えてくる気がして、新しい発見もあったりします。なので逆に「日記」という行為では僕の思想は伝えられない気がして、自分をそこまでアゲられない。僕にとってブログを書くという行為は、「モチベーション」のバランスを図れるとても居心地の良い場所。気持ちが落ち着いている時に新しいエントリーをする場合が多いのも、きっとそうなのかなと…。ちなみに、ブログが流行する発端は「9.11同時多発テロ」という説がある。家族の安否を気遣い、連絡を取るための手段として使われたブログによって、人々の不安は解き放たれ、情報社会を駆使したまさにコミュニケーションツールだったのです。「誰かのため」の発信は、そこから始まったのです。

正直なところ、僕がブログを書いているのには、さらに大きな理由がある。それは「人との出会い」を信じているということ…。一方的に発信するのではなく、そこから何かが始まる、動く、という具合。じゃあ、コミュニティ(mixiとか…)でいいじゃん、って思うかもしれないけど、僕の中では全く概念が違う。専門的だから、という事はもちろんだけど、自分の想っている思想を人々に発表することで僕の人間性が一番伝えられると思うのです。特に僕の場合、仕事に対する気持ちや、そのプロセスの中には「素の自分」しかないのです。これは周りのスタッフにもよく言われる事なんだけど、人が何か自分の好きな仕事をする時、本当の自分を出したいっ、と素直になると思いませんか?もちろん見栄を張ったり、誤解を招いたりというのは付き物ですが、誰のために何のためにそうするのか…、と意識しながら前に進んで行くと、本当の自分が見えてきたりするものです。まさに僕がそれで「きっといい出会いがある」とか「ビジネスに繋がる」という事は常に理想としてある。更新もままならない状況でもそんな事を考えているのは事実なのです(汗)。流行とか虚勢とかではなく、仕事をしている僕はこういう人ですよ的な感覚。その素直な自分を出せるのはデザインの話と仕事への考え方…。そして、最終的には「人と人」に繋がって行ければと思っている。文章の中にある「言霊」という不思議な力を信じて、そこから発しているオーラのようなもので、人々に伝わっていければなと、思うのです。まるで「ソウル・メイト」を探すかのようにね。何だか、デザインの仕事も、僕のブログも宗教によく似ている。そんな気がして来る…。

タレントさん達がブログを立ち上げてアクセスが上がり、時には「炎上」するのは、既に認知度もあり、ある程度その人を知っているからこそ、“見たいっ知りたいっ”と思う心情が働いています。もちろん、そこにはオーディエンスという存在が大きく関わっているのは言うまでもない。認知度や好感度アップのためには、今や欠かせない道具なんだと思う。しかし、一般の人達がブログを立ち上げたところで同じような事は起こりません。タレントさんとは全く違う状況がごく一般的なブログの世界な訳ですから、「読んでもらうため」の僕のブログは、僕にとってとても大切で「素直に自分を見つめ直す」ための精神安定剤。そして「継続は力なり」の気持ちがきっとどこかへ?繋がって行くと思うのす。タレントさんのブログ巡りをしていて思うのは、日記的ブログではありながら、「誰かに向かって」という約束された発信先があり、きっと、そのタレントさん達もブログの「良い精神安定剤」のお陰で、日々のストレスや精神的な癒しの場所になっている。そうに違いない…。

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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

考えさせる広告

ここ数日は、相変わらず不安定な陽気。昼間は夏のように、夜はまるで秋のようですね。みなさんお元気ですか?体調を崩しやすい状態が続いているのでしっかり食べて、よく寝て、体調管理をちゃんとする事が仕事も遊びも楽しくさせる。なんて思う今日この頃です。

dog_campaign.jpgさて、最近僕が気になっている広告は「考えさせる広告」。似ているところの広告で言えば「公共広告」もそのひとつ。実は日本ではまだまだ未成熟な分野でもあり、どうしても一般的には表現の難しさや子ども達への悪影響とかで、あまり斬新で脳裏に残るような広告は少ないようです。しかし、海外へ目を向けてみると、その発想やビジュアルの繊細さによって「考えさせられる」のに、決して説明的ではなく、一発のビジュアルで表現されたインパクトは素晴らしいと思う。そのコンセプトには「見てすぐ判る」という事がその広告の作り方でもあり、逆に時間をかけさせてじんわりと内容を理解させるための手法も見える。そして、精神的に脳裏に語りかけるがごとく、そのイメージは一度見たら忘れない。「考えさせる広告」で一般的にお目にかかるモノとしては「公共広告」も同じですね。日本のテレビコマーシャルでもよく見かけるものの、海外のものと比べるとやはり説明的なモノがまだ多く切実なるメッセージはまだ弱い気がします。また、特に海外の公共広告の場合、クライアントが一般企業という事ではない場合も多く、公共団体やボランティア等の有志によって作られている事も少なくない。経営的な要素がそこにはない分、広告の訴求力は自由かつ凄まじいものがある。ストレートな表現…。なにもそこまで見せなくても、という風にも思えるけど、よくよく考えてみると、それこそテーマの深刻さや、見る人達を引きつける力があるということに気づくのです。

日本では悲しいかな「お金」という部分が大きく関わり、「公共の物にお金を使う」という感覚があまりない。参入する企業も消極的だったりであまり見当たらないと言うのが現実のようです。例えば右上の写真は、障害者に対する糞害を訴える講義広告で、目の不自由な人が手にする杖にフンがまるでウインナーのように…。フランス・パリは昔から犬のフンをそのままにする習慣?があり、皆さんも聞いた事があると思いますが、これが1つの公害となっているためパリの対策は1日83万もの負担を強いられ、清掃活動を行っています。また、踏んだ事による転倒事故も多数起こっているらしい。まさにフンだり蹴ったりでなのです。まぁ、もっとも日本ではそういう糞害による被害はなく少ない。せいぜいカラスや鳩ぐらいなもんで、パリのような公共広告までは存在しないんだけど、spider_aids.jpgそのビジュアルでは思わずプッと笑いそうにもなるけど、逆に時間が経ってじんわりとその深刻さが伝わってくる。そしてグラフィックデザインもさすがである。さらに、他国ブラジルでは、エイズ予防の公共広告で「ゴムなしSEXは、毒グモに刺されるのと同じ」というテーマで、予防を促すという広告がある。左の写真がまさにそれ。毒グモのタランチュラをモチーフに、人々に直接訴える命の尊さを問う切実なるそのコンセプトと強いメッセージは、人々の脳裏に焼き付いて忘れない説得力がある。そしてこのインパクト…。まさに広告でしか表現できないメッセージがここに存在しているのです。

このように海外の公共広告の多くは「ビジュアルイメージ」がどれも強く、ストレートで潔い。広告の原点とも思えるようなその表現方法と賢いアイディアの広さ。僕はそこにデザインの力を感じるし、そして人間と広告の関係がいかに必要なのかを思い知らされるのです。やたら説明的な広告や紙面にギッシリの文字。どれだけの人がその広告の活字を読み、共感しているのだろう…。アイディアがあればもしかしたらキャッチコピーも説明文も入れない写真一発の表現が一番の広告。そんな気がしてきます。空間を活かしたデザインをすると、そこに何か文字や写真を入れようとする日本人は、やっぱり貧乏性なのかなと思ってしまうのですが…。

日本の広告も少しずつではあるけどある意味、上手になってきた。色彩やレイアウトもさることながら、企画力の大切さとビジュアルが持つその力の出し方を考えるようになった。とは言え、まだまだ発展途上であり、その取組みに多くの人々が関わって欲しいものです。カッコイイデザインもたまにはいいけど、やっぱりストレートな広告が僕は好きだなぁ…なんて思うのです。人に伝える広告はかっこだけじゃない。また、ソフトを使ってただレイアウトされたモノも、デザインではなく誰でもできるレイアウトです。ソフトを使い簡単に、というのはデザインではないのです。ガンバレ日本デザイン。そして、頑張れ自分…。な今日のモチベーションです。さて、今日は何か新しい発見がありましたか?本日のお題、これにて終了。それでは、また。

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テーマ:デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

PCとソフトの代償。

春と言うより夏のような日差し。何だかあのうっとうしい梅雨が早く来そうな今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?これからの季節はBBQも楽しみの1つですよね…。年に何回かは計画を立てるんだけどやっぱり外飯はうまい。そしてクーラーでギンギンに冷えたビール。という訳で、今回のお題は、そんなビールに関する「やってはいけない」事件のお話です。

勝ちT広告たまたまネットのニュースで見た、ある広告キャンペーンでの事件を知りました。「勝ちT」と言えばキリンビール。そのメーカーで問題は起こったのです。「サッカー日本代表応援キャンペーン」の広告で、浦和レッズファンの赤いウエアで埋まった埼玉スタジアムの観客席を、レッズ側に無断で日本代表のチームカラーであるサムライブルーに加工していたのが発覚した。右の写真がその問題の広告なんだけど、その広告用に使われた写真の試合は、昨年12月2日に行われたレッズ対ガンバ大阪戦。広告は、4月27日から新聞全国紙や雑誌などで掲載されてしまったのです。5月の上旬に広告を見た読者から、キリン側に問い合わせが入り「レッズの客席ではないか」ということで問題発覚。キリンはすぐさま広告制作会社に確認。そして、加工していた事実を認めた。浦和レッズ側に対しては、発覚した直後に、経過を説明し謝罪。今後、広告の新たな掲載はしないことや、キリンHPにおわびを出すことで合意したとされる。キリンの広報側が全くそれを知らなかったかは不明だが、問題はその広告制作会社にある。当然、キリン側は賠償問題とし、その制作会社に何らかの責任追及となるはすですよね。そもそもデジタル処理が横行する中で確かに写真の合成や加工は簡単になった。例えば、歯を白くしたり、肌色をきれいにしたり…。最低限の「やっていいこと」は制作者側のモラルとして認識しなければいけないと思う。そして、事件は起こり、デザインとアートワークを簡単にしてしまった「ソフトの代償」として、少なくとも僕の記憶に残る事は間違いない。そう思うのです。最近ではテレビCMも1人のタレントを起用しデジタル合成が目立つのもソフトが向上したがゆえの事。何でもかんでもって感じでクリエイティヴ性も感じないし、単なる技術発表の場っすか?みたいな…。本来の広告すべき商品やイメージは感じられない全く的外れなビジュアルになっている。エビちゃん10人ぐらいが走るビキニ姿、同じカットで色だけ変えたキャメロン・ディアスもメーカー側の気持ちや言いたい事は判るけど、何だか妙に気持ち悪かったり、何の驚きもなかったりでブランドイメージや付加価値さえ感じない。それはそれは流行の手法なのかもしれないけど、いい加減に行き過ぎな感じもあり、ネタ切れの傾向が見えてくる…。もうひとヒネリって発想はできないのかなぁ?残念です。

さらに、この問題に近いところの事件では、合成した写真であえなく御用となった選挙違反者のニュースもある。先日の選挙の時にポスターの写真を当事者の許可もなく、合成してしまった制作会社がいたらしいのです。なんでも、そのポスターに使用する写真素材が、顔が大きくトリミングされたもので首から下がなく、他の候補者より顔だけが大きくなってしまうという判断で、他者とのバランスをとるためなのか、首下から腰上あたりまで合成し作成してしまったのです。逆にそのままの方が目立って良かったし差別化ができたのでは?と思う。その加工したという事実がどこから漏れたかは定かではないが、当然のようにその候補者は、選挙違反として逮捕されたのです。この事件も制作者側のいいかげんな判断と、フォトショップのようなソフトを使えば簡単にできる的な安易な考えによって悲しいかな、制作され世の中に登場してしまったのです。合成すれば何でもアリなのか!である。

デザインに技術は必要です。しかし、ただ技術を見せびらかすようなテクニックはデザインではないし、なんの生産性も感じない。楽しさを自己満足でデザインするのは間違っていると思うのです。PCとソフトが進化してますます便利になった今、デザインはPCに頼ってソフトからで作るのではなく、自身の頭の中から生まれて閃いたアイディアとセンスから始めるものです。ソフトはあくまでも道具として使うもの。合成した物を作りたいのなら、ちゃんとそのコンセプトを考え、ディレクションして欲しいものです。今後、こんな悲しい事件が二度と起きないようにどうかひとつ、お願いします。デザインで食っている僕とその仲間達からの切なる想いであります。たのむよぉ~ホント。以上、合成写真に怒るの巻 終了です。

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テーマ:印刷・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

芸術の中へ。

いきなり夏のようなこの陽気。各地でも最高気温を出していますが、皆さんはいかがお過ごしですか?GWの疲れが出ていませんか?いい加減な気候は地球温暖化の現れな訳ですが、日本もこのままだとフィリピンとかマニラみたいになってしまう。そんな風に思うのですが、手の施しようもないのでしょうか?

先日いつもより早起きをして、今年1月、六本木エリアに誕生した国内最大級の規模を誇る国立のアート・センター「国立新美術館」に行って来ました。先日もこのブログでちょこっと紹介をしたこの国立新美術館は、いわゆるコレクションを持たず、多彩な展覧会の開催や美術に関する情報の収集・提供、ワークショップなどの教育普及事業を中心に活動する新しいタイプの美術館です。今回オープンを記念して開催されていたのは、フランスが誇る近現代美術の殿堂「ポンピドー・センター」の所蔵作品をテーマにした「異邦人(エトランジェ)たちのパリ1900~2005」が開催され、パリを代表する世界的な美術館の所蔵品展として、パリに集い、パリで創作した20世紀初頭から現在までの外国人芸術家たちの作品、約200点を観る事ができました。平日ってこともあってか午前中はゆっくり観る事ができましたが、帰る頃には予想以上の人だかりでちょっとビックリでした。まぁ観光やおばさま達がほとんどでしたが…。そんな作品達が常に存在する芸術の都、パリには、19世紀末から今日まで、フランス国内だけでなfujita.jpgく、世界中の芸術家たちを魅了してきたと言われています。例えば、パリに暮らす人々をモデルに人間の本質に迫ったピカソ(スペイン)やシャガール(ロシア)、モディリアーニ(イタリア)、藤田嗣治(日本・左記写真)などの画家やブランクーシ(ルーマニア)、ジャコメッティ(スイス)などの彫刻家、パリの情景や風俗を写し出したブラッサイ(ハンガリー)やウイリアム・クライン(アメリカ)などの写真家たち。偉人達はパリでその才能を磨き、開花させて来たその歴史的な作品のほとんどは、パリが育んだ世界中の芸術家の傑作の数々による多彩で華やかな世界が展開されて来ました。そして、今回そんな偉人の作品達が東京・六本木に集結したのです。僕はそんな作品の中にいて、まさに心が踊り、魅了されたのは久しぶり。残念ながら7日で閉幕しましたが、忙しい時でも無理して行って良かったなと…。

さて、僕がそんな名画を目にする時、ある1つの見方と仮説を立てて観るようにしている。そうする事でその作品に入り込めるだけではなく、まるで模写をするかのように頭の中に入ってくる…、ような気になります。まず、彼らがカンヴァスに向かってどの部分から書き始めたのかを探る事。とは言え、そう簡単には解る筈もないのだけれど、自分だったらこの絵の場合、あそこから、とか、ここいら辺から…とかとか。目を瞑ってイメージすると不思議と見えてきたりします。そして、もう1つは、一番最後に書き終えた部分は何処なのか?という事です。一般的に絵画の場合、一番最後は「サイン」だと思うけど、そのサインの色は最後に色付けをした絵筆のまま描かれている場合も少なくない。特に今回の美術館で同時に開催されていた「モネ・大回覧展」で観た偉大なるモネの作品からは、そんな発見ができた。特にモネの場合、サインを観てその色を描かれた絵から探してみると必ずあるのです。そしてやや斜めから観てみると明らかに最後に描き加えられた生々しいタッチが見え来たりするのです。もちろんこれは仮説で100%ではないと思うけど、そんな風に絵画を観ていると何だかその作者と一緒にいるような感覚、もしくはその時代へ行けたような気分になってとても楽しい。絵画を観てイメージする事の大切さを今回の展覧会では感じる事ができた僕にとっては大きな収穫なのです。以前、雑誌のBRUTUSで特集されていた「西洋美術を100%楽しむ方法」と似ているかもしれないけど、その絵が出来上がる背景や人物は「なぜこの場所」なのか?とか、「どうしてその花を持っていたのか?」等、描いている人物の性格や行動を紐解いて行くと非常に面白い。仮説でもいいからいろいろ探って観ていると時間の経つのも忘れてしまうのです。ゆっくり鑑賞に浸るという事は、こんなにも素敵なんだと、つくづく思ったこの頃のSei2です。

monet_pics.jpgちなみに、今回紹介した国立新美術館では、7月2日まで「モネ・大回覧展」を開催しています。共同企画は、あの有名な「オルセー美術館」。印象派を代表する画家としてクロード・モネの作品をぜひこの機会に観に行ってください。明るい色彩と光の表現の見事なまでの描き方。遠くから観るとまるで写真のような立体感。1926年にこの世を去るまでのモネの遺産は、自然の雄大さと人々への愛情が溢れています。右の写真は、珍しいモネの作品で今回展覧されていた作品の中で、僕が最も気に入った作品の1つです。「白」と「光」の繊細なるテクニックは素晴らしく、白という色を色彩豊かに描いています。白の多彩さを感じるだけではなく、光の出し方にはもう脱帽してしまいました。そして感じたのは、その才能と誰も超える事ができない彼があみ出したテクニック…。そんな風に絵を観ていると「俺を超えられるものなら、やってみぃ!」と声が聞こえて来そうです。みんなには聞こえますか?なんてな。

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

娯楽を忘れない…。

GWも後半に突入です。毎日テレビで渋滞情報を見ながら、信じられない渋滞50キロなんて活字を見ては「どうしてそこまでして…」等と思う今日この頃です。大丈夫ですか?折角のお休みは疲れていませんかぁ?そんなんで来週から頑張れますか?ってちょっと不安にもなります。

さて、人々がお休みの時、必ずと言っていい程お出掛けをします。映画を観に行ったり、遊園地や動物園へ、ショッピングも楽しんだりしています。毎日の疲れを癒すため?もしくは家族サービス?…。大多数の人達が「有意義な休日」を思い描きながら街に繰り出しています。そもそも休日には「娯楽」という楽しい時間が必要なような気がしますが、いつしかそんな言葉もあまり耳にしなくなりました。僕が小さい頃、自分の父親が日曜日にのんびり過ごしていたのを思い出すと、明らかに今の休日は忙しい。それこそ昭和40年、50年あたりは週休2日なんて時代ではなく、祝日と日曜だけが待ちに待ったお父さん達のお休みの日。いつものように早めに起きてお昼ご飯を家族みんなで召し上がり、午後から電車に乗ってはデパートや遊園地などへ出掛ける。夕方には家に帰って来て恒例の「笑点」をみんなで観ながら夕食を食べる。この笑点の時間こそ「国民の娯楽の時間」だったように思う。決してデパートにお出掛けする事が娯楽ではないのだ。しかし、今の時代では「お出掛け」がまるで当たり前ようになり、そうする事が休日の過ごし方で国民の休日。もしかしたらその行動を娯楽と思ってるのではないだろうか…。ごく一般的に人々は、テレビから娯楽そのモノを感じる事が多い。そして「笑点」から生まれるようなその娯楽の感覚は悲しいかな、ここ最近ではテレビでも見当たらない気がします。しいて言えば、僕が今のテレビ番組を観ていて娯楽と感じるのは「映画」ぐらいなもんで、それもアメリカ映画、これに尽きる。例えば、先頃公開になった「スパイダーマン3」の興行収入を見てみると、公開されたアジア8カ国での記録が更新されるなど好調な滑り出し。日本では初日に4億1500万円の興行収入となり、火曜日の過去最高を記録した。それだけ人々が「娯楽の醍醐味」を味わいたいと思っている?と思うし、そういう楽しさを欲している現れなのかと、僕は思う。また、公開に合わせて民放テレビ局では、今までの1、2と放映していましたよね…。映像はリアルだけど、現実には存在しないヒーロー、スパイダーマン。その感覚こそ、観る楽しさや醍醐味があり、精神的な満足感やのめり込む感覚が神経を刺激しspiderman3.jpgて「あ~楽しかった」になり、ある種の娯楽の満足感を得る。しかしどうでしょう。娯楽だった筈のテレビ番組、特にバラエティ番組では、人を笑わす芸人達のネタや、番組構成では何かが違うように思います。そのほとんどが現実的でリアルなネタばかり…。もちろん、現代の若者には、そういうのがウケるのは判ってるんだけど、時には人の弱点を笑いにしていたり、内輪ネタばかり…。それを観て「娯楽」と言えるのかどうか?僕には理解できなかったりします。要は、人々が人の話を聞いて想像したり、自分に置き換えたりして楽しく思えたり、笑えたりというモノがあまりにも身近すぎて、娯楽と言うとこまで行き着かない。そんな風に思うのです。→ SPIDER MAN-3 OFFICIAL SITE

娯楽…。この言葉を辞書で調べると、『人間の心を仕事から解放して楽しませ慰めるもの。』とある。映画のスパイダーマンは、夢とかロマンとか、現実離れしているから面白い訳で、映画を作っている人達も楽しみながら観る人達が楽しめるように考えられています。原作や脚本、そして、キャスティング…。1つのストーリーをより現実にしていく演出によって出来上がるそのスケールと臨場感。チケットを買い、映画館のシートに座り、ただひたすらに映像を見る。テレビでは、スイッチ1つで映画も楽しめる。何もしなくてもそこにいるだけで「楽しませてくれて慰めてくれる」があるのです。もちろん「映画館で」というもの異空間ならではの相乗効果があり、その物語の世界に入りやすいんだけど…。

娯楽の意味にあるような「仕事から解放して…」?これが最近見当たらない。特にGWのニュースを見ていると気持ちは判るけど、なんだか悲しくなるのです。あえて人混みの中に向かい、渋滞も解っているのにそこを目指す…。当然国民の休日が同日な訳だからしかたないんだけど、休日とは一体なんなんでしょう?とは言いつつ、昨日も今日も仕事をしている僕。決してひがんでる訳ではなく、働いている人達の将来が少し心配になるのです。それで大丈夫かぁ?ってね…。まぁ、僕にとっての仕事は「娯楽」に近いので。っていうか、遊びながら仕事を楽しんでいるのでそう思えるのかもしれないけどね…。

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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

デザインで都市開発?

今日はGWの中間で道路も空いている。僕の事務所がある山手通りもスムーズな車の流れ。人々は海外やら帰省やらで東京を脱出しただけで、こんなにも都心の雰囲気が違うのはやっぱり東京には東京の人がいない、という事なんだろうか…。第二のバブル期なんて言ってますが、海外へ家族で行くってもの凄くお金が掛かるのに、みなさんお金あるんですねぇ…。とは言え、同じバブルの失敗はしない日本人でしょうからバブルと言っても新しい形になりそうな予感です。

さて、そんなバブルのキッカケになりそうな位勢いを増しているのが、六本木ミッドタウンや東京駅周辺、新丸ビルあたりの都市開発。これは、第二バブル期を予測させるものなのか、どうか…。テレビのワイドショーでは毎日のように紹介してますね。ただ、こういう新しい情報は瞬時に、メディア等で拡がって「最初だけの混雑」などとならないように集客を保つ事が最大のテーマかと。規模は違うものの、先頃銀座にもBALS STOREがオープンしましたが、中目黒のBALS STOREは本当に最初だけって感じで僕としてはちょっと心配です。経営の方は大丈夫?なんだろうか…。それにしても新しいスポットができる度に思うのは、どこも「デザイン」という概念を活かして、それも武器にしている様子。やっと気づいたのかもしれないけどね。建物のデザインはもちろんの事、オフィシャルサイトやロゴデザイン等にもそれなりに予算を掛け、しっかりとしたイメージを打ち出しているのが伺えます。全体的には時代にふさわしいハイセンスな外観と機能性。どこか北欧デザインを意識しつつ、洗練されたイタリアデザインから良いところを削ぎ落としたようなビジュアルコンセプト…。そして、デザインに力を入れる大切さと人間の目線に合わせたイメージ作りとブランディング性を感じさせてくれる。楽しさとデザインは、比例していい効果を生み出すという答えがある。そんな風に思う。

logo_hub.gif例えば、六本木の新国立美術館のロゴデザインから一環したアプリケーションツールでは、最近注目を浴びているデザイナー・佐藤可士和氏だったり、東京ミッドタウンのデザインプロジェクトでは、それこそ著名な方々の名前が連なる。その中でも特に注目したいのは「東京ミッドタウン・デザインハブ」。メインコンセプトに「デザイン」にポイントを置き、“21世紀の日本をもっと元気にしよう。そんなパワーのあるデザインを生みだすためには「技術力だけでなく、デザインを大切にする産業」、「デザイナーのビジネス的視点」、「国際的なデザイナーの育成」が重要なポイント”としています。様々な課題に積極的に取り組みながら、デザインを考える創造の場として日本のデザインを世界に広めていくための新拠点になるでしょう。また、日本産業デザイン振興会、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)を始め、芸術工学、デザインの分野で日本有数の教育研究実績を誇る九州大学の東京サイトや、世界の研究教育機関と日本の産業やデザイナーとの連携によって、海外のデザイン・芸術系大学の参加。さらには「デザイナーの人材育成」のためのセミナーやワークショップの開催の他、国際的なデザイン教育機関と企業がコラボしながら、企業のデザイン力の向上を目めざす「産学協同プロジェクト」によって、デザインの新たなる可能性と役割を提示する展示会、シンポジウムの通年開催など、今後の日本産業とデザインの発展を並列に考えられたプロジェクトとして「デザイン」を広めて行く形になって行きます。また、エリアにはサントリー美術館があり、デザインと芸術も楽しめるのも嬉しい限りです。

こうして見ると、企業がデザインの重要性に気づき、そして、今後の日本経済の発展のためには「デザイン」はとても重要視して来ていると思うのです。人々の価値観も、意識も、ようやくではあるけどいい時代になって来た。そんな気がします。どんどんそんなプロジェクトはできて欲しいし、自分も参加できるならぜひっ!って感じ。ますます「デザイン」が注目される時代がやって来たのです。ですが、嬉しい反面、どこか焦りを感じながらデスクに向かう僕なのであります。それでは、ごきげんよう。
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テーマ:デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

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sei2prof
グラフィックデザインをはじめ、
企画力とコンサルティングを武器に
つねに新しいデザインを追求しながら
熱く走り続けて20年余・・・。
デジタルデザインが当たり前のいま、
切った、貼ったのアナログデザインの
経験を活かし、あくまでもMacを
道具として使うデザイン中毒者。

このブログでは、世の中の全て、
身近な物にもデザインは存在する。
という観点で熱く語ります。
楽しくなければデザインじゃない。
遊ぶように前向きにってことで・・・。


・日高 聖二 Seiji Hidaka

・神奈川県川崎市生まれ

・10代から独立心が強く
 様々な挫折をしながら経験を積む。

・21歳、家族の勧めで広告業界へ
 営業と版下のノウハウを覚えながら
 独学でデザインの基礎を身につける
 20年以上のデザイン経験者

・2003年 12月2日 デザイン会社
 SEI2 GRAPHICS&CO. 設立

・座右の銘:この世は修行

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