2007-07

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伝統芸能とデザイン

歴史的結果?といえる昨日の参院選…。惨敗の自民党にとっては自信過剰の鼻っぱしを折られた形ではあるが、民主党がどこまで国民の期待に応えられるかが見物である。お手並み拝見と行きましょう。今回の参院選で自民敗北のポイントは「庶民の財布」ではないだろうか?消費税もさることながら「都民税」の問題。実際に生活のお財布事情に大きな現実を痛感させた自民党主体の社会政治が今回の敗北の結果に繋がり、嫌われ者の自民党になってしまったと僕は思う。生活に大きな負担をかける税制問題が、いわゆる「お金」のやりくりに関わる納得いかない国の決まり事が敗北の要因だと思う。さらに思うのは日本の政党って多すぎるという事。たとえ1つの党でも公約は実現できると思うし、各都道府県に1つの党の支社のような形で進める事はできないのだろうか?とにかく民主党の今後に期待したい。

さて、今回のお題は参院選の話ではなく、東京・六本木の東京ミッドタウンにある「21_21 DESIGN SIGHT」で開催予定の伝統芸能×デザインをテーマにしたプログラム「落狂楽笑/LUCKY LUCK SHOW」のお話です。何だか伝統芸能と聞くと少し身構えてしまう感じもあるけど、今回のミッドタウンで行われる演目の狂言、落語、演劇のすべてに共通するテーマは「笑い」。日本の伝統芸能の中でも、時代感覚を持って常に斬新な表現を追求している演者達が勢揃いする新しいスタイルのパフォーマンスとなりそうです。まずは『きまぐれ花緑シェフの落語レストラン』なる落語らしからぬタイトルで挑む「柳家花縁氏」。それともう1人は、類いまれなる観察眼でオリジナリティあふれる一人芝居を演じる「イッセー尾形氏」も出演予定である。彼の400以上ある一人芝居のレパートリーの中から「都市生活」をテーマに、21_21のためにアレンジした作品6本を上演する。うぅ~観たい…。その他には、音楽への造詣が深く「おぺらくご」や「らくごぺら」なる新分野を確立した「桂 小米朝氏」をはじめ、誰にでも親しみやすい狂言を目指す「茂山狂言会」が、少し近寄りがたいイメージの伝統芸能の壁を打ち破り、純粋に人を笑わせる事、楽しませてくれる事を目的とした演目を予定している。さらに必見なのは、演目を支える舞台衣装や美術の仕掛けと演出。舞台衣装では「Ne-net」の高橋一精氏をはじめ、「mercibeaucoup」の宇津木えりさん、「HIROCOLEDGE」の高橋理子さん、アパレル界からは「ZUCCa」等、それぞれの衣装を担当するのも楽しめそうである。観客側への演出はもちろんの事、落語や狂言等でいつも見慣れている着物や衣装とはまったく異なる雰囲気の衣装を身にまとう演者達の姿もすごく興味が湧いて来る。また、舞台美術は、会場全体のアートディレクション、アートワークを手掛けるグラ21_21_design.jpgフィックデザイナーの「北川一成氏(GRAPH)」。会場では、同時開催として「落狂楽笑 by 北川一成」と題し、アートワークの展示会もある(入場無料)。また、喉の奥まで丸見えになるほど笑っている独特の作風であるポスターは(左写真)、かの美術家「横尾忠則氏」が手掛けた作品で、手書きの感じがある種の世界観を作り出しているポスターアートである。このように各界から集結した東京ミッドタウンの夏祭りのような企画は、ぜひ覗きに行きたいと思う。日本の伝統芸能とデザインの融合は、一見難しそうにも思えるけど、考え方を変えるだけで当たり前のようにハマってしまう…、そんな気がして来ます。古くからあるモノに新しい息吹を取り入れるという発想は「リユースとリサイクル」という現代に必要な展開なのかもしれません。そしてそれを現実化する原動力はミッドタウンならではの素晴らしい職人達の力があってこそ、なんて思うのです。ちなみに、このイベントは8月10日~24日までです。期間が短いのでお早めに行く事をお勧めします。詳しい情報は、→ コチラ“21_21 DESIGN SIGHT”からどうぞ!

日本のデザインも元々は昔からある伝統的な見方もできる。古典的な北斎の絵にしても様々な絵巻にしても今にしてみれば充分デザイン性を感じる。それを1つのネタとして?なのかもしれないけど、昔の芸術を蘇らせるのは「デザインの力」に尽きると思うのです。そして、相性が合わないなんてことは全く感じさせない古き良き時代の伝統芸能の素晴らしさと新しくいいモノだけを取り入れた新しい芸術の世界。さらにデザインによって世界観を拡げ、新たな作品として仕上げて行く…。このように考えるとやっぱり「ものづくり」って本当に楽しいなと思わずにはいられない今日この頃です。なんだか無性に夏休みの宿題を作りたくなったなぁ…。と言う訳で、まだまだ暑い日が続いておりますが、くれぐれも熱中症にはお気をつけて元気に楽しくお過ごしくださいませ。スタミナと水分補給も忘れずにねっ。それでは、また。

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ちょっと選挙斬り

いよいよ今度の日曜日は参議院選挙。自民がどうだ、民主がどうした。と各メディアは視聴率獲得もありながら報道に余念がないようです。何だか日本国の選挙は古くさいイメージしかなくて、ついつい海外の選挙報道から見る候補者の活動と比べたりしてしまう。僕はあまり日本の選挙には興味がなかったんだけど、40歳も過ぎると確かに年金問題や税制についてほっとく訳には行きません。ってな訳で今回は「選挙」についてやや辛口でお話しようと思います。

日本国においては「公職選挙法」なるやっかいなものがあるのは皆さんもご存知であろう。意外にもその法律は厳しい。ここ最近では「ことば狩り」のような状態もあって国民が敏感になっているこの時期の街頭演説やテレビでのコメントでは、かなり慎重さが要求される。また、公示ポスターや経歴詐称等の違反にも委員会は目を光らせているようだ。しかしどうだろう…。海外の選挙を少し調べてみると意外にも自由であるようだ。例えば、民主主義の先進国とされる欧米諸国では、選挙資金の総量的な制限はあるものの、選挙運動そのものに対する規制はほとんどない。選挙運動期間といった定めもないところが多く「事前運動」の禁止もない。民主主義において選挙が果たす役割の重要性からは当然のことではありますが、自由に選挙運動や政治活動が行われているのです。この辺が日本とは違って投票率の確保も差が出ているのかも知れません。特にイギリスでは、選挙運動は戸別訪問、候補者討論会、テレビの討論番組、さらに最近ではインターネット(特にYouTube)を活用して自由に行われているようです。戸別訪問は伝統的なイギリスの選挙運動の1つで、候補者と運動員が各家庭を訪問し、マニフェスト(文書・チラシ等)を渡して支持を訴えています。また、1883年の腐敗防止法により選挙費用が非常に低く抑えられていたためか候補者個人は事実上、費用のかかるポスター作成やはがきの大量送付はできないとされています。そのため必然的に選挙戦では戸別訪問や討論会が中心となっている訳です。その代わり近年では、テレビの政党宣伝など、マスメディアの利用の他、インターネットによる選挙運動が重要性を増してきている傾向があるらしい。時代に合わせた戦略とも言えるウェブサイトの活用の他、電子メールも安価な選挙運動の手段として活用されている模様。また、アメリカでも、選挙運動は原則として自由で、唯一の制約は選挙資金の総量制限によるものだけで伝統的な戸別訪問と、大統領選挙を中心にマスメディアによる候補者討論会や各党のコマーシャル、さらにはインターネットを利用した運動などが活発に行う傾向があるようだ。ITが飛躍的に進歩した現代こそ、逆に戸別訪問による選挙運動の重要性が見直されつつあるとも言えるのだろうが、インターネットを利用した、「ヴァーチャル戸別訪問」も盛んで、個々の住民のニーズなどに応じてカスタマイズされたメッセージを送る選挙運動を進めている。こうしてみると日本国の選挙は非常に遅れを取っていて、古くて固い頭ばかりの古風選挙だと思えてしかたがない。テレビで海外の選挙報道を見ていつも思うのは、若者達の投票に掛ける熱さを感じるし、国民が興味を持って選挙に参加している事がよく判る。若者からお年寄りまで関心を得るような活動こそ「みんなの選挙」なのではないのか…。投票権の年齢を下げるとか、若者に向けたような形ばかりのテレビCMも、何だか見ていて苦しい。根本的なセンスや企画そのものが弱く、説得力に欠けていると残念ながら僕は思うのです。その歯がゆさは日本国における「公職選挙法」にあると思わずにはいられなsenkyo_poster.jpgい。特に日本における主な「選挙活動」では、「特定の候補者を当選させることを目的に、候補者本人または第三者が有権者に向けて展開するさまざまな行為とする」と規制され、街頭演説やビラ配りなどの選挙運動は、その選挙の公正さを保つために問題の「公職選挙法」によって取り締まりを受けている。また、立候補の届け出をする前に選挙運動を始める「事前運動」も禁止されているので、違反すると同法に基づき逮捕および処罰されるようだ。さらには、ハガキやチラシといった法定範囲内の文書図画を有権者に配ることは認められてはいるものの、ウェブサイトを活用したりや電子メールを使った選挙運動は、現行制度のもとでは不特定多数への文書図画の頒布に該当し禁止となっている。要は、政党や候補者などは選挙の公示・告示後はホームページやブログの内容を更新したり、メールマガジンを配信したりすることすらできないのが現実のようだ。どうも厄介である。というか、形式的で議員達だけで盛り上がっているようにも思えて来る。ちなみに右の写真は、こんな選挙ポスターもあってもいいじゃんって事で作ってみました(笑)

そんな中、アメリカでは一風変わった選挙関連のニュースがある。次期米大統領選の民主党有力候補、オバマ上院議員へ賛辞を贈るアマチュア製作の動画「オバマに夢中」が、先月インターネット動画サイト「YouTube」に投稿され、約250万人以上が視聴する大ヒットとなっている。候補者陣営は関与していないとされてはいるが、一般人のメッセージがユーチューブ経由で多くの人々に視聴され、候補者の思惑とは無縁のところで影響力を持ちはじめているのは事実らしい。このYouTube →「オバマに夢中」は、広告業界で働くベン・レリス氏という人物の思いつきが発端となり、今年5月にニューヨークで製作されたとされる。女性モデルが出演し、ソウル・バラード的な音楽に合わせ、「最高の候補者よ」とか「2008年まで待ちきれない」という歌詞になっている。しかもセクシーな水着姿で踊ったりしている。アメリカらしいと言えばそれまでだが、こういうユーモアもあっていいと思う。日本ではさすがにここまでは無理だとしても、こういう感覚が若者達の興味を仰ぎ、関心を持つようなそんな気がします。もっと「カジュアルな選挙」ってね。

ってな訳で、今度の日曜は選挙の日。年金問題や税制改革、消費税など、このままで良いとは思えない訳で、文句を言う前に行動をしないといけないと思う。国民が真剣に選挙に取り組まないとこの国は頭の固いままで進んでしまう。結局は自分達の事だけ考えているような政権に庶民達は食い物にされるのです。なんて僕一人がどうこう言ってもどうにもなんないんだけど…。まずは選挙の規制を緩和してイメージを変える事。国民はあなた達が思っているより遥かに賢いんですよ。なんてな。

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夏のあいさつ?

早いもので7月も後半ですが、いかがお過ごしでしょうか?日本では一般的にお盆と言うと8月15日あたりを言いますが、旧暦では7月15日。なので今週はその昔「お盆」だったんですね。ちょうど身内の一周忌でもあるので、昨日は法要のため横浜の霊園に行ってきました。本当に1年が早い。早すぎる。ってな訳で今回のお題は、「お盆」じゃなくて「暑中見舞い」と聞いて思い出す季節のあいさつについて思う事などお話します。(前回の手紙ネタとは違います)

ここ2~3年の間に企業や個人も含めて「暑中見舞いハガキ」ってものを見かけなくなりましたね。デザインの仕事をしていると毎年のように各クライアントから6月の中旬には制作依頼があったもんですが、とんとなくなりました。要はそこまでかしこまって挨拶も程々でいいじゃないか、という感じ。お歳暮も贈るというより贈られた方が困ってしまったり、面倒だったりで…。昔から日本の社会にあった風習がいつの間にか消え去って行くようでちょっと寂しい気もするけど、これには「バブル崩壊」という経済現象がそんな風に人々を意識的に変えて行ったと思われます。企業ならなおさらだけど「温暖化」という深刻な地球の危機の中にあって「暑中お見舞い申し上げます」ってのも考えものなのかも知れません。そのうちに「年賀状」も無くなってしまうような気がしますが、何が必要で何が無駄なのかを人々はようやく気づき、贈らない、送らない方が今の時代には正しい選択だと思います。しかしながら「イメージ」を企業戦略としている場合は「暑中見舞いハガキ」を作るのを止めるというのは、なかなか難しいだろう。アパレル業界では、季節物endless_summer.jpgを扱う訳で顧客誘導と確保のためには決して無駄な事ではない。ただ、僕のデザインというビジネスにおいては焦りはある。暑中見舞いハガキのデザインも一度に何社もの企業から受けていた時代から比べると今年はゼロ件…。細かい仕事で小さいハガキサイズならではの難しさと割りに合わない部分がないと言ったら嘘にはなるけど、それなりのイメージ戦略を各企業ごとに作って行くという楽しさは確かにある。ただ今の時代には確かに「もったいない」暑中見舞いとお歳暮はともかくとして、年に一度の年賀状だけは続けて欲しいものです。こうしてブログ等でごあいさつするのもみんながみんなという訳にはいきません。礼儀という感覚というよりも、便利なツールなブログのお陰でこうしていつも読みに来て下さっている方々にお知らせできるのはとても嬉しく思っています。今年の夏は異常な猛暑と言われています。部屋の中にいても熱中症になるらしいのでくれぐれも水分補給を怠らずに元気にお過ごし下さい。何事もなく健康でいる事がなによりも大切な事です。今後ともご自愛くださいね。

さて、話は変わりますが、昨日の法要で来て頂いたお坊さんから有り難いお言葉を戴きました。そのお話(説法)をまとめると以下のような感じになります。人は「悟りを開く」と言う事を幾度となくいろんな形で経験します。主に「悟り」という言葉は、心の迷いを去って真理を会得するというように使われますが、「理解する」という意味もあります。そして、仏教の世界では「諦める」の“諦”という字も悟りの言葉と同じように使われる事を知りました。解りやすい例え話では「千の風になって」の歌詞にあるように「私はここにいないので諦めて下さい。その代わり私はいつでもあなたのそばにいますよ」という例えです。諦めて亡くなった人のために前向きに行きて行くという事が本当の意味での供養なのだとおっしゃいました。今までマイナスなイメージが強かった「諦める」という言葉も一瞬にして違うものに思えて来ました。ただ、使い方を間違えると「断念する」という意味になってしまうので注意は必要ですが…。あくまでも前向きな解釈で「諦める」という思想は人間にとってとても必要だというお話です。時には前に進むために諦める…というように、悟りを開く感覚と同じように想う事が大切なのかもしれません。今回のお題からあるように、もったいないから「暑中見舞いハガキ」を諦める。とか、お歳暮は今の時代に相応しくないから諦める…とかとか。「諦める」という言葉を自分の仕事に取り入れ、状況に応じて必要ならば諦める。形式に捕われず、何が正しくて今何を優先するのか?と言う事をしっかり見極める事です。また、人付き合いにも同じ事が言えるでしょう。無理に相手に合わせるより、諦めて次の出会いを待つ。その方がきっといい方向に向かうと僕は思う。ビジネスにおいても恋愛においてもプラスに考えながら「諦める」事が、実は自分にとっても相手にとっても大切な事なのかも知れません。見込みのないお客さんへ営業するより確実に繋がるお客さんを探した方がいい結果は必ず出せる訳ですから。変なこだわりは捨てて(諦めて)次を目指す。そんな風に僕はお坊さんの話から、またまた前向きになった今日この頃です。

ってな訳で、湿気も多くて嫌な感じの日は続いておりますが、皆さんも体調管理はちゃんとしながら元気に乗り切って行きましょう。まだまだ暑くジメジメした日が続きますが、くれぐれも冷えすぎたエアコンではなくできるだけ自然の風を取り入れて健やかにお過ごし下さい。暑中お見舞い申し上げます。

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手紙のチカラ。

何年かぶりに手紙を書く機会がありました。何でもかんでもメールや携帯電話で済む時代になってしまったけど、メールやブログのお陰?でいざ手紙なんてものをを書いてみると文章の運び方や言葉の結び方の難しさ、そして楽しさを改めて感じました。やっぱり良いモンです、手紙は。言霊って言葉があるように、自分の気持ちやふとした瞬間を言葉にするのはメールより遥かに心がこもっていると思う。ってな訳で今回のお題は「手紙」。みなさんは手紙、書いてますか?字を書く事の素晴らしさを感じつつ、そんな内容で進めて行く事にします。

手紙の書き方には縦書き、横書き…、メモのような手紙もある。この「手紙」という言葉を辞書で引いてみるとそこには「用事等を書いて他人に送る文書。書簡。封筒のものをさす事が多い。“手”は筆跡の意」とある。メールばかりしていると筆跡という単語はあまり使うに相応しくない。手で書くという行為は奥が深く、そして自分の気持ちを確実に伝えられる、実は人間には必要なものだと思う。久々に手紙を書いた事で忘れていた感覚に気づいたような、何だか新鮮でたまらない。こんな気持ちになったのは「手紙のチカラ」なのかも知れません。時代の流れの中で気がつくと文字を書く事が無くなって来て、絵的に文章を見るという感覚Air_Mail.jpgがどうやら当たり前の世の中らしいけど、僕はこの手紙のお陰で「活字」というものに何か新鮮でワクワクするような感覚を再認識しながら過ごしています。例えば、あまり読まなかった「新聞」も最近では見るようにしています。ファッション雑誌も以前は絵的にパラパラ読んで見ていたけれど、ちゃんと隅から隅まで気がつくと読んでいる。これも「手紙」を書いた事がキッカケだと思います。単純と言えばそれまでだけど、「活字」を書く、読むという行為は僕の中の忘れていた引き出しが開いたような、ちょっと不思議な感覚を久々に味わっています。そう言えば僕が中学生の頃、交換日記なるものを当時付き合っていた彼女としていた事があるのをふと思い出した。今思えばどんな内容を書いたのか全く覚えていないけど、一瞬記憶の中に戻されるようでドキドキしたり懐かしさにおそわれる。「ラブレター」なんてのも貰った記憶がある。そんな心がこもった「手紙」や「交換日記」の存在は、今の若者達の関係ではありえるのだろうか…。また、メールのように気持ちをすぐ送れるという利点はいいんだけど、手紙はポストに入れてから相手に届くのに時間がかかる。その届く時間も手紙ならではだけど、メールと手紙の使い分けを上手にするといろんな意味で効果的でもある。そんな風に僕は思う。文字を忘れる人間が増えている世の中に、「手紙」の存在は何かを変えてくれそうな気もしてくる。こんな風に考えるのは僕だけかもしれないけど、活字に触れるという行為は遥かに新機種の携帯電話より僕には魅力的なのです。とまぁ、改めて手紙の素晴らしさを感じた今日この頃です。

話は変わるけど、ここ最近、気になる出来事というか、不思議でもしかしたらスピリチュアルな世界なのかもしれないんだけど、突然「お線香」の匂いがしたり…。しかも7階立てマンションの屋上で(僕の事務所は屋上なんです)ありえないと思うんだけど。それと初めて行った居酒屋(小洒落た感じの)では、僕だけが「墨汁」の匂いを感じたり…。友達は「変な力が働いている」なんて言うし、一体何なんでしょうね…。でも、昔からちょこちょこ変な現象を体験してるんだけど、これもそんな何か「変」な作用なのでしょうか?…。例えば、誰もいないのに「ピンポ~ン」って鳴ったりね…。それはどうやら「虫の知らせ」だったみたいで霊的なものだったかもしれません。「デジャヴ」も結構見る方で、ほとんどが仕事をしている「正夢」って変ですよね(笑)よく感じるのは、Mac上でデザインをしていてモニターを見た瞬間、「あっ、このレイアウト夢で見た!」とか「この文字にこの色」って夢で見た…なんですよねえ。ある人に言わせると「デジャヴ」って誰でも見てるらしいんだけど、気づかない人がほとんどなんだってね。気づく人は他の人よりその能力が強いって言ってました。どんなんでしょう?こんな事がいろいろあるので、やっぱり「言霊」って信じちゃうんですよね。不思議な事はそれだけじゃないんだけど、夏のこの時期は些か「オカルトチック」になってみなさんが怖がってもしょうがないのでこの辺にしておきますが…。

「手紙のチカラ」というお題でしたが、何だかオチが怖い雰囲気になってしまいました。まぁとにかく「手書き」とか「手紙」とかに無性に引かれるこの頃で、書く楽しさってまだまだ沢山ありますよね。みなさんもたまには田舎のとうちゃん、かあちゃんに。おじいちゃん、おばあちゃんに…、手紙を書いてみてはいかがでしょう?きっと新鮮な気持ちにもなって精神的にもリフレッシュできるかもしれません。ぜひ、お時間があったらお試しください。それでは、今日はこの辺で。

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イメージの大切さ

早いもので約2週間以上も更新せずにおりました。すみません…(汗)ここ数日は新規でお仕事を頂いたCDジャケットのデザインをしてました。楽曲を毎日のように聴いてはイメージ作りの日々。2タイプのインストアルバムで同時リリースってこともあり2枚で繋がるようなイメージで作りました。残るは販促用のA4チラシを作るという作業が残ってますが、予算に合わせて少々キツい部分もありつつ、ジャケットとの世界観を統一するという意味でも同じ人物(デザイナー)が作る事がブレのないモノができると思います。ってことで今回のお題は、「イメージの大切さ」について僕なりに思うところをお話します。

一言でイメージと言っても人それぞれ、いろんな考え方があったりして「1つのイメージ」で露出して行くのは企画・デザインにおいては至難の業。ことイメージは「受け手」によっていいモノになれば、悪いモノにもなってしまう。プロという立場から企画・デザインする上である程度、統計的に「良い」というモノを作り出して行く事こそデザイナーとしての役割なのだと思うのです。今回のように2枚のシリーズCDを1つの形としてさらに1つにまとめる作業でもある販促チラシでは、単純に言えば2つのイメージをまとめて1つのビジュアルへと作り出す事でそれは可能にはなります。そして、同じデザイナーが作る事で「魂の入れ具合」と言う部分や、カラーリング・書体・キャッチコピー等、ブレることなく進める事ができる。また、クライアントにとっても時間的な部分で効率がいいのは言う間でもありません。いくら販促物の予算がないにしても「そこまでは譲れない」という作り手のこだわりで「まとめて作って行く」という感じが言わば僕の仕事の取り組み方と言えるのかもしれません。普通に考えたら予算がないのでそこまでは…とお断りするのかもしれないけど、できるだけ作ったイメージを連動させるためには多少のリスクもきっと後にプラスになるはず…。というのが僕の考え方。お金じゃないんだって部分です。左下の写真はその現在進行形の「販促チラシ」のデザインラフですが、ジャケットに合わせたビジュアル展開を考え、書体やイメージの世界観を統一する事で1つのキービジュアルが完成した例かもしれません。ジャケットにしても販促チラシにしても、ここに行き着くまでにはもちろん苦労はしました。曲を何度も何度も聴き、その世界から想像できるイメージとは何か?ジャケット写真からエンドユーザーはどう思うのか…等々。そのイメージと音楽の方向性がブレないように作って行く作業は簡単ではない。感覚的なモノとクライアントが求めるイメージを形造って行く。それこそデザインの楽しさなんだと僕は思います。確かにビジネスで考えるとリスキーではあるけa4_flyer.jpgれど、多少の負担があっても1つのイメージを作る事はデザインの仕事には必要不可欠だと思うのです。そんなお仕事でも僕は楽しむ事ができるだけじゃなくて、人との繋がりが確実な方が将来的に考えても非常にプラスになってくると思います。それは仕事への捉え方とも言えるでしょう。それこそ財産だと。ただ単にクライアントの求める事だけ作るのではなく、そのデザインから始まるイメージ作りを大切にする事。そこからきっとブランディングのクオリティの高さや企業の付加価値となると僕は思う。でも、中にはそんな僕の感覚に甘えて来る人達もいたりします。そんな場合は、簡単に下心が見えたりするもので、丁重にお断りする、ようにしている。何でもかんでも引き受けるのはある種のボランティアになってしまうし、器用貧乏で終わってしまう。そこんところはちゃんと自分で管理しないと、結局自分で自分の首を絞める事にも成り兼ねないので注意は必要である。それは自分を守ると言う事にもなって来る筈ですから…。人を見抜くという感性を向上させる努力は、とにかくいろんな人とコミュニケーションする事。そんな感じで僕はデザインする。そして楽しむのです。

これからのデザイナーには企画力、ディレクションできるかどうかって事が最も重要な仕事だと思う。パソコンでレイアウトするだけのデザイナーも沢山いるみたいだけど、先の事を考えると危機感も感じるだろうし、仕事としても楽しさも感じられず、ただこなして行くという作業では悲しすぎますよ。そして大事なのは、決して自己満足にはならず、最終的に買う人の立場になって考える事こそディレクションする意味が出て来るのです。音楽ジャンルをデザインするのはある意味、とても解りやすく掴みどころがある。なので、一般的な商業に関わる広告に比べれば、非常に簡単だと言う見方もできる。アイディアが生まれやすいと言う事です。ただ「裏切る」と言う事は絶対にしてはならないのです。曲とジャケットの関係は、その音楽性の入り口なのですから。そして、その中身は人間が関わって一人の人物、一つのバンド…というように、生物であり、そのアーティスト像を活かすも殺すもジャケットイメージから広がって行くと、僕は思うのです。とは言え、最近ではCDそのモノを買わずに、簡単にダウンロードできる時代になってしまったので必要ないっ!という人も悲しいかないるのは事実ですが…。さてさて、みなさんはジャケットをどう捉えますか?音楽とイメージは共通だと思いますか?… な~んて思うこの頃です。それでは、また。

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あなろぐ思考。

つの頃からかデジタル、ハイテクというのが当たり前のように僕たちの生活に入り込んで来た。確かにソレは機能的で使いやすく、便利さゆえ手放せなくなって行く…。テレビも電話も、そしてパソコンだってどんどん進化を遂げている。デザイン業界で言えば印刷の技術も活版印刷が主流だった頃から比べると恐ろしい程進化を遂げ、パソコンとの連動は当たり前のように、そしてコストやスピード面でも遥かに向上したのは言うまでもない。それこそ家庭でプリントするなんて事も可能になった。と、言う事で今回のお題は、デジタル・ハイテクとは全く逆の「あなろぐ」な感性と「活版印刷」について思うところ語ります。

先日、アメリカのサンフランシスコをはじめ、アップル社から「iphone」が発売になったのはご存知だろう。機能もさることながら、約6万円もするその商品に人々は行列を作り、あっという間に完売したらしい。高機能、高性能は人々にとって魅力的であり、また奴も買ったから僕も、という変な購買意欲も少なくない。それはブランド商品でもそうだし、ゲーム機や携帯電話も同じような事が言える…。一般的な商品はともかく、デザインという作業には製作に関わる造り出す過程があり、印画紙の出力をはじめ、大判のカラー出力からビルボード広告サイズのようなメートル単位まで、今ではプリントボタンを押しただけでいとも簡単に完成してしまう。デザインや広告だけで言えば、作ったものを印刷する、カタチにするという流れがあるのは必然ではあるけれど「デジタル」の横行はもはや留まるところを知らないようだ。とは言え僕は未だに「あなろぐ」な感覚が好きで、ついついそんな記事を見つけると黙ってはいられないのです。例えば、印刷技術の世界では、ひと昔前では「活版印刷」という技術が主流だった時代があった。この技術はいまでも縮小はしたものの名残が微かにあるのは、とてもうれしく…。そもそも活版印刷とは、活版(活字を組み合わせて作った版)で印刷することで、印刷物から鉛版・線画凸版・樹脂版などの印刷も含めてこのような専門用語となっています。活版印刷の技術は、数年に渡り改良を加えられ5世紀にわたって印刷業界の中心にあった。kappan_image.jpgまた、改良とは言え活版印刷の原理そのものは活かしつつ、印刷の歴史においても稀有とも言える息の長い方法だったようだ。しかし、時代の流れと共に写真植字とDTP化はその命脈を途絶えはじめ、いつしかデジタル製版が可能になり、現在の日本では活版印刷は絶滅に近いと言われています。一般的な名刺やはがき程度の印刷を取り扱う印刷業者はあるものの、本一冊というような印刷会社はほとんど無いのが実情のようです。また印刷機自体もそうだけど、そこに至るまでの製作過程が大変で、大量の資材や人手が必要になるという事から、どうやら業界からは姿を消しつつあるのです…(泣)

そんな中、とあるサイトで紹介されていた「紙と活版印刷」をコンセプトにしたプロジェクトを発見した。想像するだけでもワクワクとしておもわず小躍りしそうでした。渋谷区千駄ヶ谷にショップとしてオープンしたそのお店は、「紙と活版」をテーマに、少人数ではあるけれど様々な思考が展示されているようだ。ショップ名は「PAPIER LABO.(パピエ・ラボ)」。紙と活版印刷というアナログな観点を基に、デザインの新たな可能性を探る実験室というのが何とも素晴らしいですよね。お店での取り扱い商品では、ステイショナリーや本といった紙にまつわるプロダクトやオリジナル商品と、世界各地で出会ったさまざまな風合いの紙製品が並んでいるとのこと。きっと商品一つひとつのセレクトにはこだわりがあり、「あなろぐ」の世界観が感じられる空間ではないかと思います。して、このお店を立ち上げたのは、ランドスケープ・プロダクツのデザイナー江藤公昭さん、アートディレクターの高田唯さん、SAB LETTERPRESS主宰の武井実子さんの三人。デザインに関わる人達の想いはどこか通じるものがあると、僕は思う。もちろん年代もあるけどね…。とりあえずオフィシャルサイトはコチラです。→ PAPIER LABO. 準備中のページはあるものの、BLOGは興味深く、写真も掲載しているので興味のある方はぜひご覧下さい。何やら楽しそうですよ。ってか一度行ってみようと思ってます。

と言う訳で、「あなろぐ」の世界には手作り感覚と人間の優しさみたいな感覚がある。そして感じる事ができる。デジタル機器に触れすぎて漢字が書けない、音読みと訓読みの区別がつかず、漢字を読めない子どもが増えているのは、そんなアナログ感覚から離れてしまったからだと思うのです。人間の脳はどんどん退化していくのは間違いない。そして、記憶力も薄れ人の名前や電話番号も覚えられない人間は、もはや人間ではなくなる気がしてしょうがない。「あなろぐ」の正しい使い方はきっとある。何もかもデジタルに頼ってばかりでは何もできない人間になってしまいますよ。僕はきっと幾つになっても「あなろぐ思考」は忘れたくない。そう思っています。やっぱり手書きのラフって最高ですから…。では、また。

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オウンゴールはしない。

すっかり7月に入り夏モードのここ数日ですが、みなさん頑張ってますか?熱中症の心配もそろそろしないと行けないようですね…。水分補給をちゃんとして今年も暑いらしい夏を乗り切って行きやしょう。僕はと言うと随分前に駐車場に止めている愛車をいたずらで傷つけられたので、数日前にようやく近所のQuickリペアで直しました。それにしても現代の車の塗装修理って早い安いって感じでちょっとビックリですわ。実は僕も若かりし頃に整備工場で働いていたので、当時からしたら信じられない位、仕事は早い価格も安いで驚きっぱなしです。

さて、今回のお題はそんな車の話ではなく、人の価値観の違いで物事が意外な展開になってしまうと言うお話です。そもそも人の価値観と言うのは違うのが当たり前なんだけど、時々出会う人や関わりを持った人の中には1つの物事に対して信じられないような、考えてもいなかった方向へ考えている人がいたりします。判りやすく言えば、自分の財布に中身を見て「千円も入ってる」と思う場合と「千円しかない」と思う人。これはお金に対する価値観の違いですが、例えば思いやりの価値観の違いでは、奥さんの手料理をありがとうの気持ちで食べる人と、それが当たり前なんだよ的に考える人もいる。これは、女房は料理を作ればいいんだよという飯炊き女扱い…。愛情のかけらもない。後者の場合は、男の自己中心的で思いやりのかけらもない救いようがない人。デザインの仕事を受ける場合でもそうだ。「パソコンだから簡単でしょ」という人もいれば、大変さを判っている人は「大変だろうけどなんとかお願いします」と言う人。後者の方が明らかに思いやりがそこにはあって、受ける側でも「なんとか頑張っちゃう」気持ちになれる。結局、自分の事しか考えないで正当化して行く人は、ご愁傷様な訳で、きっと友達も少ないだろうし、会社とかでもいい仕事をしているとは思えない。そう言う人って誰が見てもお見通しで最終的には自分が損をするという結果が待っていると、僕は思う。人の価値観には必ずと言っていい程「思いやりの気持ち」があって、その気持ちがあって初めて楽しんだり仕事をしたりできる筈です。「思いやりのない人」と話しているとすぐ解るのは「想像力が欠如」している事。ちゃんと相手の立場になって考え、こう言ったら相手はこう思うから…とか、こう仕事を依頼した方がきっと頑張ってくれる…とか。思いやりとはそういう事で、ものの言い方1つで絶対と言っていい程違って来るのです。自分の価値観と同じかどうかを見極めながら、もし違うのならそれを理解してもらうまで説得をする必要があります。確かにそれには計り知れない労力と精神的なストレスは覚悟の上なんだけど、お互いのイメージやセンスが1つになって初めて完成するもの、完成する仕事が真のビジネスとの関わりなんだと僕は思います。もちろん、デザインの仕事でも「プレゼン」の時には、この価値観を探りつつ、そのクライアントに歩み寄りながら共感できるものを作って行く。その担当者の想いや企業の思想をちゃんと理解する事が成功する手段だと思います。「思いやり」はどんな時でもどんな境遇でも必ずって言っていい程、効果を発揮するのです。また、大げさだけど言い換えればそれは「愛」な訳で、その気持ちは必ず人々に伝わると思っています。

先週の土曜日、スポーツ番組でブラジル出身のサッカー選手「ロマーリオ」の珍しいインタヴューで彼はこんな事を言っていました。ちなみに、ロマーリオは殆どインタヴューを受けない人らしいです。彼曰く「1つとして同じシュートはない」と。そして1回1回シュートの度に彼はその素晴らしさに魅了され、「またサッカーがやりたくなる」と言っていました。シュートは1つしかないけど、そのシュートへ想いやサポート選手の活躍で成し遂げられる彼のシュートは、自己中心的では決してあるはずもなく、サッカーへのこだわりとシュートへの執念、そしてチームへの思いやりがあって天才的なゴールを決めていると思うのです。自分の想いを成し遂げるには周りへの思いやりがなければゴールはありえない…。それは、仕事にお置き換えても全く同じ事だと僕は思う。同じモノを作るにしても毎回違うモチベーションや感覚的な発想、もちろん体調でも左右される事もある。1つ1つ確実に決めて行くゴールのように、仕事とデザインに魅了されなければ次に繋がって行かないと僕は思うのです。そして、それを成し遂げるためには仕事をくれる方々や手伝ってくれる周りのスタッフへの思いやりが絶対必要なんです。自己中心的で正当化するような人間様には常に「オウンゴール」という結果が待っている…と思う。それでも気がつかない人っているのも事実だけど、いつかきっと気づく人としての通り道。早いか遅いかなのかも知れませんけどね。

と言う訳で、久々のエントリーは、やや重な話題でしたが、人の価値観をいっその事1つにまとめたい気持ちが強い今日この頃、そうすればきっと仕事も遊びもスムーズに運ぶんだろうなぁ…なんて思いながら中目黒にいます。皆さんも決して「オウンゴール」はしないで頑張ってくださいね。それでは、またお逢いしましょう。
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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

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sei2prof
グラフィックデザインをはじめ、
企画力とコンサルティングを武器に
つねに新しいデザインを追求しながら
熱く走り続けて20年余・・・。
デジタルデザインが当たり前のいま、
切った、貼ったのアナログデザインの
経験を活かし、あくまでもMacを
道具として使うデザイン中毒者。

このブログでは、世の中の全て、
身近な物にもデザインは存在する。
という観点で熱く語ります。
楽しくなければデザインじゃない。
遊ぶように前向きにってことで・・・。


・日高 聖二 Seiji Hidaka

・神奈川県川崎市生まれ

・10代から独立心が強く
 様々な挫折をしながら経験を積む。

・21歳、家族の勧めで広告業界へ
 営業と版下のノウハウを覚えながら
 独学でデザインの基礎を身につける
 20年以上のデザイン経験者

・2003年 12月2日 デザイン会社
 SEI2 GRAPHICS&CO. 設立

・座右の銘:この世は修行

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