商業を育てた煙草。
先週の土曜は会社の屋上から富士山が見えました。夕日に照らされての富士山も子どもの頃から比べると何だか小さく見える…。この先ゴミ問題もあって世界遺産になれない富士の山は一体どうなるのか?なんて思う今日この頃です。結局人間の仕業で汚れた富士山。ある人は言いました。富士山は登るものではなく見るものだと…。その言葉の意味に僕は何か考えさせられるのですが皆さんはどうですか?
さて、最近では「たばこ」問題はあらゆるところで耳にします。いまや吸う人だけの問題ではなく1つの公害になりつつある「たばこ」についてお話しようと思います。というか、たばこを作っている人は一体どんな風に今を捉えているのだろう…。そもそも日本にたばこが伝来したのは16世紀の末以降、江戸時代頃にポルトガル人によって日本に持ち込まれたとされています。鉄砲やジャガイモの話は有名ですが、たばこは意外にも日本の風俗として絵画等にも描かれたらしいです。その頃から日本に喫煙の風習が広がり、日本でもたばこの栽培が盛んになりました。喫煙が広まるとともに主要作物の米ではなく、たばこを栽培する農家が増え始め、食料不足を懸念した当時の幕府は、農家がたばこを栽培することを防ぐための禁令を出すほど。その頃から違う意味でのたばこへの避難はあったとされています。そんな禁令にも関わらず、たばこを楽しむ人々は増え続け、江戸時代の庶民を中心に嗜好品(しこうひん)として広く親しまれながら、独自の文化を形作って行ったとされています。その後、明治時代に入ってからは欧米の文物が大量に日本に伝わり、さまざまな物が洋風化し始め、紙巻たばこや葉巻などハイカラ志向となり、江戸時代から続いた日本の喫煙風俗もしだいに変化していきました。その後、新しい喫煙風俗の代表として紙巻たばこ、いわゆるシガレットが流行する事となります。シガレットは、19世紀後半から欧米で本格的に作られるようになり、急速に普及。幕末から明治にかけての日本では、葉巻やパイプをはじめ、紙巻たばこのようなハイカラな風俗のシンボルとして日本人の興味を引いたとされています。そして、当時海外から輸入されたたばこのパッケージの美しい印刷技術やデザインセンスは日本人を刺激し、見る物を驚かせたと言われています。その美しさを真似ようと日本国内ではたばこ作りをする人々が増え、日本の産業を大きなものに育てて行くこととなったのです。意外にも高度成長に一役というところでしょうか…。
その後、日本では「たばこ産業」と呼ばれるような風習が広がり、大都市を中心に問屋から工場制手工業へ、そして機械制工業へと移行し生産力が向上して行きます。いわゆるたばこ商に資本が蓄積され、近代的な会社形態へと変わって行くのです。こうして成長したたばこ商は、より多くの商品を販売するための競争が起こり、あらゆる媒体を利用した今で言う猛烈な宣伝戦略が勃発したと言われています。有名なところでは、「天狗たばこ」という銘柄のたばこ。国産の葉たばこを原料とした口付たばこを主力商品として販売。その広告は誇大広告的な感じの物だったらしくキャッチコピーや看板、ポスターの広告展開がなされ激しい広告戦争へと、さらに競争率をあおったとされています。その後、大正時代から昭和初頭にかけてたばこの製造は、民営から専売になり、のちに日本専売公社へと大きく成長を遂げるのです。そうして続いた販売戦略は、商品の顔であるパッケージデザインや名称、そしてイメージを重要視し、様々な工夫がされたようです。この頃から国内の商業美術は、飛躍的に発達したと言われています。また、パッケージやポスターの製作には、当時活躍していた商業デザイナー杉浦非水氏という方がデザインを手がけ、商業デザインとして脚光を浴びたとされています。そんなデザイナーの登場で国内の印刷技術も向上し、戦略としての「商品と印刷」の大切さを学びながら、たばこ市場から国内景気へと大きな役割を果たしたと言えるでしょう…。上の写真は当時のポスターで、「国に国防、社交にタバコ。」って…。今ではありえないコピーとその表現方法。また、この頃の宣伝では、英字を使ってはいけないという時期があったらしく、できるだけシンプルに伝えようとする広告の役割が伺える。見るからにたばこのイメージは「お勧め」、「みんなで吸いましょう」みたいな…。こんな時代もあったんですね…。
外国から日本にやって来たたばこではあるけど、日本の商業における「広告とイメージ」の走りと言っても過言ではない「たばこ販売戦略」。いまや嫌われ者になってしまったけど、そんな歴史を紐解いていくと何だか残念に思えてくるのです。もちろん今の時代においても「たばこ」を作っている人達がいる。単純に嫌われ者という前に少しだけその作っている人達を心配してしまう僕は間違っているのでしょうか?その人達に未来はあるのか…。なんて深刻に考えてしまうのです。たばこの「次ぎにくる物」は一体…?ってないか。他の嗜好品で我慢するしかないのかな…。やっぱりヤミ市でゲットなんて日が来るのかもしれませんね…。
ってな訳で、深刻な問題になっている「たばこ」…。体を壊す、死んでしまう害のある煙。そんな事は判ってるわいっ!ってみんな吸っているたばこ。自分を死においやってしまう嗜好品を作ったのは人間。そしてある種「時間をかける自殺」ということなのだろうか…。恐らく「たばこ」に勝てる商品は今後ありえない。いろんな物が溢れる日本にはもはや必要ないのでしょうか…。ちなみに、中国では未だに「たばこ大国」らしいです。海外で人の目を気にせず吸うには中国へ…。なんてね。それでは、またお逢いいたしましょう。
※一部資料として「たばこと塩の博物館」から抜粋させて頂きました。


さて、最近では「たばこ」問題はあらゆるところで耳にします。いまや吸う人だけの問題ではなく1つの公害になりつつある「たばこ」についてお話しようと思います。というか、たばこを作っている人は一体どんな風に今を捉えているのだろう…。そもそも日本にたばこが伝来したのは16世紀の末以降、江戸時代頃にポルトガル人によって日本に持ち込まれたとされています。鉄砲やジャガイモの話は有名ですが、たばこは意外にも日本の風俗として絵画等にも描かれたらしいです。その頃から日本に喫煙の風習が広がり、日本でもたばこの栽培が盛んになりました。喫煙が広まるとともに主要作物の米ではなく、たばこを栽培する農家が増え始め、食料不足を懸念した当時の幕府は、農家がたばこを栽培することを防ぐための禁令を出すほど。その頃から違う意味でのたばこへの避難はあったとされています。そんな禁令にも関わらず、たばこを楽しむ人々は増え続け、江戸時代の庶民を中心に嗜好品(しこうひん)として広く親しまれながら、独自の文化を形作って行ったとされています。その後、明治時代に入ってからは欧米の文物が大量に日本に伝わり、さまざまな物が洋風化し始め、紙巻たばこや葉巻などハイカラ志向となり、江戸時代から続いた日本の喫煙風俗もしだいに変化していきました。その後、新しい喫煙風俗の代表として紙巻たばこ、いわゆるシガレットが流行する事となります。シガレットは、19世紀後半から欧米で本格的に作られるようになり、急速に普及。幕末から明治にかけての日本では、葉巻やパイプをはじめ、紙巻たばこのようなハイカラな風俗のシンボルとして日本人の興味を引いたとされています。そして、当時海外から輸入されたたばこのパッケージの美しい印刷技術やデザインセンスは日本人を刺激し、見る物を驚かせたと言われています。その美しさを真似ようと日本国内ではたばこ作りをする人々が増え、日本の産業を大きなものに育てて行くこととなったのです。意外にも高度成長に一役というところでしょうか…。
その後、日本では「たばこ産業」と呼ばれるような風習が広がり、大都市を中心に問屋から工場制手工業へ、そして機械制工業へと移行し生産力が向上して行きます。いわゆるたばこ商に資本が蓄積され、近代的な会社形態へと変わって行くのです。こうして成長したたばこ商は、より多くの商品を販売するための競争が起こり、あらゆる媒体を利用した今で言う猛烈な宣伝戦略が勃発したと言われています。有名なところでは、「天狗たばこ」という銘柄のたばこ。国産の葉たばこを原料とした口付たばこを主力商品として販売。その広告は誇大広告的な感じの物だったらしくキャッチコピーや看板、ポスターの広告展開がなされ激しい広告戦争へと、さらに競争率をあおったとされています。その後、大正時代から昭和初頭にかけてたばこの製造は、民営から専売になり、のちに日本専売公社へと大きく成長を遂げるのです。そうして続いた販売戦略は、商品の顔であるパッケージデザインや名称、そしてイメージを重要視し、様々な工夫がされたようです。この頃から国内の商業美術は、飛躍的に発達したと言われています。また、パッケージやポスターの製作には、当時活躍していた商業デザイナー杉浦非水氏という方がデザインを手がけ、商業デザインとして脚光を浴びたとされています。そんなデザイナーの登場で国内の印刷技術も向上し、戦略としての「商品と印刷」の大切さを学びながら、たばこ市場から国内景気へと大きな役割を果たしたと言えるでしょう…。上の写真は当時のポスターで、「国に国防、社交にタバコ。」って…。今ではありえないコピーとその表現方法。また、この頃の宣伝では、英字を使ってはいけないという時期があったらしく、できるだけシンプルに伝えようとする広告の役割が伺える。見るからにたばこのイメージは「お勧め」、「みんなで吸いましょう」みたいな…。こんな時代もあったんですね…。外国から日本にやって来たたばこではあるけど、日本の商業における「広告とイメージ」の走りと言っても過言ではない「たばこ販売戦略」。いまや嫌われ者になってしまったけど、そんな歴史を紐解いていくと何だか残念に思えてくるのです。もちろん今の時代においても「たばこ」を作っている人達がいる。単純に嫌われ者という前に少しだけその作っている人達を心配してしまう僕は間違っているのでしょうか?その人達に未来はあるのか…。なんて深刻に考えてしまうのです。たばこの「次ぎにくる物」は一体…?ってないか。他の嗜好品で我慢するしかないのかな…。やっぱりヤミ市でゲットなんて日が来るのかもしれませんね…。
ってな訳で、深刻な問題になっている「たばこ」…。体を壊す、死んでしまう害のある煙。そんな事は判ってるわいっ!ってみんな吸っているたばこ。自分を死においやってしまう嗜好品を作ったのは人間。そしてある種「時間をかける自殺」ということなのだろうか…。恐らく「たばこ」に勝てる商品は今後ありえない。いろんな物が溢れる日本にはもはや必要ないのでしょうか…。ちなみに、中国では未だに「たばこ大国」らしいです。海外で人の目を気にせず吸うには中国へ…。なんてね。それでは、またお逢いいたしましょう。
※一部資料として「たばこと塩の博物館」から抜粋させて頂きました。


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新・買ってはいけない(2006)
想像していたより、期待はずれな感じでした。私だけかもしれませんが。書店で探してなかったので、見つかってよかったです。すごく勉強になります。添加物の怖さを知りました。これからは、成分をチェックして買おうと思います。今の世の中、添加物をまったく避けて生活する





それにしても、グラフィックの1/3を占める警告文が邪魔に見えないデザインには感服。法定表示ほど邪魔なものはないと常日頃思っていたのは処理能力のなさに因るところが大きいと今更ながら感じました。もともとセンスがないことを自覚していたところに、このデザインですから。参っちゃいます。
しかし、マイルドセブンやキャスターの変貌ぶりはいかがなものかと。前者についてはグラデーションとあわせて大きな数字を表記することで識別性が向上するも、あの「台風の目」のようなデザインがいまいちピンと来ないし、後者のデザインはそもそも何を表現したかったのかわからずじまいで博物館入りは難しいところ(JTだから入るんでしょうけど)。
一昨年か3,000人の希望退職者の募集に対して5,800人(実に全社員数の1/3)が応募した日本たばこ。バブルがはじけた後、大学の経済学の授業で教えられるのは「企業のもっとも大きな使命は存続すること」であり「雇用は社会貢献」ということにらしい。やっぱり古い人間なのかにわかに受け入れがたい理屈だが、日本たばこを思うとうなづける。
ところで、僕らが納めている「タバコ税」は一体どのように使われているのだろうか。社会保険庁のマッサージチェアになっていては困るが、公共施設の喫煙ゾーンの設置なり交差点に吸殻入れを置くなり、何らかのカタチで納税者に還元してもらいたい。ついでに労働法で「事業所・商業ビル内には各フロアに喫煙所を設けること」なる縛りも付け加えてもらいたい。
心の健康と体の健康は、違う。
さて、デザインのワークショップの場を設置しました。
http://blogs.dion.ne.jp/mitsubishi/
課題提案型の放置ブログです。ご訪問あれ。