言葉の難しさ
なんだかんだで約1ヶ月ものブランクで、気がついたら何やらFC2から目立つところに広告が勝手に入る始末(汗)。大変ご無沙汰で申し訳ないのですが、僕は忙しく楽しく元気でがんばっています。みなさんはいかがおすごしですか?今年も梅雨入りをしたものの例年に比べると気温も低く冷たい雨って感じの日が多いですね…。体調を崩し易い今日この頃なのでくれぐれもお気をつけてお過ごし下さい。あ、そうそう気分転換にヘッダーの写真等、少しだけ変えてみました。
さて、今回のお題は、僕のクライアントでもあるアパレルさんのHP上に設置したブログで起こるさまざまな問題について、少しお話しようかと思います。お付き合い下さい。もちろんそのHPのディレクションをはじめ、商品カタログのデザイン、広告等のサポートを行なってはいますが、さすがにカスタマー的なところまでは入り込めないので、なんとも歯がゆい、どうしてそうなってしまうのか?という事を踏まえて、「言葉の難しさ」について話を進めて行きます。
最近はブロガー人口も増えて、それこそタレントさんのほとんどが自分のブログを持っています。結構意外な人も“My Blog”を持っていたりで、その反面、付き物と言える「誹謗中傷的」な書き込みもあったりします。「ブログ炎上」なんて言葉もあるぐらいでニュースでもお見かけしますよね。そんなブログでは、コメントを受け付けてない方もそれなりにいるようですが、今回のアパレルさんのブログとは、いわゆる1つのコミュニティが出来上がっていて、掲示板的な要素もあったりでコメントした人同士が仲良くなって、お店や洋服の情報交換をしたりして、とても楽しい場所のようで、それなりに盛り上がってはいるのですが…。ひとりひとりのコメントも活気があってみんな前向き…。癒されたり励まされたりとても良い関係ができあがってはいるんだけど、2〜3ヶ月もすると「荒らし」のような人なのか、同じような周期で現れては誰かのコメントに対して攻撃的というか、あまり相応しくないコメントが投稿されたりしています。当然のように楽しい筈のそのブログ会場(笑)は、イヤぁ〜な空気が流れはじめ、軽い言い争いみたいになってしまう悲しい結末を迎えるのです。しばらく収まるまでは1件もコメントが入らない状態で、せっかくメーカーさんが新しい情報を掲載しても見てはいるものの誰もコメントしなくなるという始末…。まるでクラスのイジメのようです。メーカー側が気をつけてても自然現象のように湧いてくる。要するにせっかく楽しみにして見に来る人が参加できない空気が漂ってしまうという訳なんですよね。さすがにそんなペースでは取引先のブログ担当者も毎回頭を抱えては僕に相談の連絡を入れて来ます。担当者曰く「閉鎖するしか…」と毎回お悩みは尽きません。確かに閉鎖してしまえばそれで済むかもしれないけど、なんとも後味が悪すぎる。1つ僕がそのブログを客観視してみると、そこに集まるのは100%が女性で、洋服とファッションする事が楽しくて仕方がない人達。働いている独身女性からお子さんを持つ主婦の方々…。女性だから?特有の?って思える部分と閉鎖すれば、という事で片付けらる問題ではないとも思う…。いっその事、僕が投稿名を女性にして成りすましで入り込もうとも思ったりしたのですが、なだめる筈が逆効果になった場合もあるし、逆に取引先の方々に余計な迷惑をかけてしまうので気持ちを抑えはしましたが…。先日のキムタクのドラマ「CHANGE」で朝倉総理扮する木村拓哉が言った、子ども達に向けた言葉のように「自分と同じだと思うからケンカにもなるし、納得もできないから悪口を言ったり、いじめたりする」と。そうじゃなくて「ひとりひとり違うんだ」と教えて気づかさせてあげる事が大切なんだと…。そんなセリフにはハッとさせられたんだけど、人はどうしても自分の考え方や思いを前提で他人を見てしまう。自分と違うから頭にくる、嫌い、いじめてやる、ムカつく…。だからいろんな事件も起きるし、イジメも減らない。自分の考えは決して同じはずもなく、他の人達はみんなひとりひとり違う個性や異なった価値観をもっている。「人は自分とは違うんだ」と、そう考える事ができれば世の中はもっと平和になって行くと僕は思う。それは自然と相手の立場になって考える事にも繋がって、人として大切な「思いやり」が生まれてくる。特に今回の女性ばかりが集まるコミュニティ的ブログでは、まさに朝倉総理の言葉がピッタリと当てはまる。そんな気がしています。
悲しいかな、相変わらずこの世の中には、誹謗中傷やねたみ、イジメ問題は一向に減りません。ブログや掲示板のように「顔が見えない」から参加しやすいという反面、実は裏の顔を持っている人達もいます。一瞬で別人になったりちょっとした事でキレたり逆キレしている。そこから殺人や自殺する人もいたりする。ブロガーが増え続けている今、やっぱり人としてのマナーを守って、参加するからには楽しむ事の姿勢を忘れてはいけないのだと、切実に思います。顔が見えないから誹謗中傷も簡単かもしれません。心の中の罪悪感や悪魔のようなその気持ちはずっと残って体の中に宿ってしまうかもしれません。本当は「見えないところの美しさ」を持っている人達もたくさんいます。それを目指している人達もたくさんいます。ここではその固有のブログは紹介しませんが、せっかく与えられた楽しい場所をみんなで守ろうとしているのに、その一言があったおかげで全く別物にされてしまうのは、関わっている以上、心が痛み、苦しいだけです。楽しいと思って始めたブログ。メーカーさんの気持ちが解るだけに悲しくもどうにもできない辛さ…。「言葉は難しい」と言ってしまえばそれまでなんだけど、「難しいからちゃんと伝わるように」ということが、ブログや掲示板には必要なんだとつくづく思った次第です。それは誰か読んでくれるであろう人達への「思いやり」でもある訳ですから…。とりあえず、早く楽しいブログに戻って行く事を願っています。
人をいつも悪く言う人は、他の人達からも悪口を言われている人。せっかく言葉を持っているのだから、ちゃんと気持ちを伝えて、伝わらなかったら伝わるまで話すということ…。これは私事でも仕事でも同じ。「言葉は難しい」ではなく「言葉は楽しい」に全世界の人達が変わって行きますように…☆ それでは、またいつかエントリーするその日まで。
◎久々ですが、ポチッと応援のつもりでよろしくです。


さて、今回のお題は、僕のクライアントでもあるアパレルさんのHP上に設置したブログで起こるさまざまな問題について、少しお話しようかと思います。お付き合い下さい。もちろんそのHPのディレクションをはじめ、商品カタログのデザイン、広告等のサポートを行なってはいますが、さすがにカスタマー的なところまでは入り込めないので、なんとも歯がゆい、どうしてそうなってしまうのか?という事を踏まえて、「言葉の難しさ」について話を進めて行きます。
最近はブロガー人口も増えて、それこそタレントさんのほとんどが自分のブログを持っています。結構意外な人も“My Blog”を持っていたりで、その反面、付き物と言える「誹謗中傷的」な書き込みもあったりします。「ブログ炎上」なんて言葉もあるぐらいでニュースでもお見かけしますよね。そんなブログでは、コメントを受け付けてない方もそれなりにいるようですが、今回のアパレルさんのブログとは、いわゆる1つのコミュニティが出来上がっていて、掲示板的な要素もあったりでコメントした人同士が仲良くなって、お店や洋服の情報交換をしたりして、とても楽しい場所のようで、それなりに盛り上がってはいるのですが…。ひとりひとりのコメントも活気があってみんな前向き…。癒されたり励まされたりとても良い関係ができあがってはいるんだけど、2〜3ヶ月もすると「荒らし」のような人なのか、同じような周期で現れては誰かのコメントに対して攻撃的というか、あまり相応しくないコメントが投稿されたりしています。当然のように楽しい筈のそのブログ会場(笑)は、イヤぁ〜な空気が流れはじめ、軽い言い争いみたいになってしまう悲しい結末を迎えるのです。しばらく収まるまでは1件もコメントが入らない状態で、せっかくメーカーさんが新しい情報を掲載しても見てはいるものの誰もコメントしなくなるという始末…。まるでクラスのイジメのようです。メーカー側が気をつけてても自然現象のように湧いてくる。要するにせっかく楽しみにして見に来る人が参加できない空気が漂ってしまうという訳なんですよね。さすがにそんなペースでは取引先のブログ担当者も毎回頭を抱えては僕に相談の連絡を入れて来ます。担当者曰く「閉鎖するしか…」と毎回お悩みは尽きません。確かに閉鎖してしまえばそれで済むかもしれないけど、なんとも後味が悪すぎる。1つ僕がそのブログを客観視してみると、そこに集まるのは100%が女性で、洋服とファッションする事が楽しくて仕方がない人達。働いている独身女性からお子さんを持つ主婦の方々…。女性だから?特有の?って思える部分と閉鎖すれば、という事で片付けらる問題ではないとも思う…。いっその事、僕が投稿名を女性にして成りすましで入り込もうとも思ったりしたのですが、なだめる筈が逆効果になった場合もあるし、逆に取引先の方々に余計な迷惑をかけてしまうので気持ちを抑えはしましたが…。先日のキムタクのドラマ「CHANGE」で朝倉総理扮する木村拓哉が言った、子ども達に向けた言葉のように「自分と同じだと思うからケンカにもなるし、納得もできないから悪口を言ったり、いじめたりする」と。そうじゃなくて「ひとりひとり違うんだ」と教えて気づかさせてあげる事が大切なんだと…。そんなセリフにはハッとさせられたんだけど、人はどうしても自分の考え方や思いを前提で他人を見てしまう。自分と違うから頭にくる、嫌い、いじめてやる、ムカつく…。だからいろんな事件も起きるし、イジメも減らない。自分の考えは決して同じはずもなく、他の人達はみんなひとりひとり違う個性や異なった価値観をもっている。「人は自分とは違うんだ」と、そう考える事ができれば世の中はもっと平和になって行くと僕は思う。それは自然と相手の立場になって考える事にも繋がって、人として大切な「思いやり」が生まれてくる。特に今回の女性ばかりが集まるコミュニティ的ブログでは、まさに朝倉総理の言葉がピッタリと当てはまる。そんな気がしています。悲しいかな、相変わらずこの世の中には、誹謗中傷やねたみ、イジメ問題は一向に減りません。ブログや掲示板のように「顔が見えない」から参加しやすいという反面、実は裏の顔を持っている人達もいます。一瞬で別人になったりちょっとした事でキレたり逆キレしている。そこから殺人や自殺する人もいたりする。ブロガーが増え続けている今、やっぱり人としてのマナーを守って、参加するからには楽しむ事の姿勢を忘れてはいけないのだと、切実に思います。顔が見えないから誹謗中傷も簡単かもしれません。心の中の罪悪感や悪魔のようなその気持ちはずっと残って体の中に宿ってしまうかもしれません。本当は「見えないところの美しさ」を持っている人達もたくさんいます。それを目指している人達もたくさんいます。ここではその固有のブログは紹介しませんが、せっかく与えられた楽しい場所をみんなで守ろうとしているのに、その一言があったおかげで全く別物にされてしまうのは、関わっている以上、心が痛み、苦しいだけです。楽しいと思って始めたブログ。メーカーさんの気持ちが解るだけに悲しくもどうにもできない辛さ…。「言葉は難しい」と言ってしまえばそれまでなんだけど、「難しいからちゃんと伝わるように」ということが、ブログや掲示板には必要なんだとつくづく思った次第です。それは誰か読んでくれるであろう人達への「思いやり」でもある訳ですから…。とりあえず、早く楽しいブログに戻って行く事を願っています。
人をいつも悪く言う人は、他の人達からも悪口を言われている人。せっかく言葉を持っているのだから、ちゃんと気持ちを伝えて、伝わらなかったら伝わるまで話すということ…。これは私事でも仕事でも同じ。「言葉は難しい」ではなく「言葉は楽しい」に全世界の人達が変わって行きますように…☆ それでは、またいつかエントリーするその日まで。
◎久々ですが、ポチッと応援のつもりでよろしくです。


コメント
はじめまして。
読んで頂きありがとうございます。
ヒト対ヒトのコミュニケーションもメール対メールになっている場合も
悲しいかな多くなってますよね…
もっと言えば、ハード対ハードってな感じでしょうか…
例えば、仕事の依頼なのにメールで来た日にゃ、
速攻電話して、電話でお願いします。と言ってしまいます(笑)
のん吉さんの言う通り、本当に言葉が伝わるのは
相手の顔を見ながらなのが一番いいし、
話題の本質もちゃんと伝わるんだと僕も思います。
会ってからある程度の信頼関係があってこそのメールだったり、
ファックスなりがとても自然な訳で、
その人が解っているからこそメールの文章も生きてくると…
そんな風に思います。
顔が見えないのは楽なようで、
実はすごく難しく文章力が問われるものです。
便利なものは人間をどこか間違った方向へと変えてしまうのでしょうか…
少なくとも、のん吉さんのように言葉の大切さを想っている方が
僕のブログに来て頂いた事が、なによりもうれしい限りです。
また、お気軽にお越し下さい。
コメント、ありがとうございました。
ヒト対ヒトのコミュニケーションもメール対メールになっている場合も
悲しいかな多くなってますよね…
もっと言えば、ハード対ハードってな感じでしょうか…
例えば、仕事の依頼なのにメールで来た日にゃ、
速攻電話して、電話でお願いします。と言ってしまいます(笑)
のん吉さんの言う通り、本当に言葉が伝わるのは
相手の顔を見ながらなのが一番いいし、
話題の本質もちゃんと伝わるんだと僕も思います。
会ってからある程度の信頼関係があってこそのメールだったり、
ファックスなりがとても自然な訳で、
その人が解っているからこそメールの文章も生きてくると…
そんな風に思います。
顔が見えないのは楽なようで、
実はすごく難しく文章力が問われるものです。
便利なものは人間をどこか間違った方向へと変えてしまうのでしょうか…
少なくとも、のん吉さんのように言葉の大切さを想っている方が
僕のブログに来て頂いた事が、なによりもうれしい限りです。
また、お気軽にお越し下さい。
コメント、ありがとうございました。
初対面でいきなり「ではさっそく中心議題へ・・・」なんてやられると、相手の顔色ばかり見て(最新鋭の色差計より敏感)何も言えなくなってしまう企業人は、古き良き「まずは顔合わせということで・・・」という文化を21世紀に残そうと思っていたのですが思い叶わず。
世の中忙しく、またせっかちになりました。
「ITが進化すればするほど仕事が楽になる」なんて口車にはもう乗らないと誓いながらも、「夢見るユビキタス」の到来にはすでに打つ手なし、といったところです。
ところで、昔から名古屋では喫茶店がゴロゴロしていますが、それは社会が近代化してもなおFace to Faseの文化があるからだそうで(コーヒーに柿ピーが付いてくる理由はわかりません)、よほどトヨタが「徹底的なムダの排除」といってその“ゆるいFace to Fase”を問題視しない限り、文化大革命は起きないものと思われます。
※ただ、「忙しくせっかち」ちゅー世の流れにゃ逆らいようがないもんだで、名古屋ちゅーてもコミュニケーションエラーは発生しやすくなっとるんちゃうかと想像しとりゃーす。
メールはエビデンス(こん跡・証拠)を残すには便利なツールですが、最初からメールで「ヨロシク」は、あってもまだまだ当分先のことだと企業人も思いますね。
現状では「断る」エビデンスを返信して残すしかないのではないでしょうか。
メールですべてが伝わるならケータイの電話機能はもはや搭載する必要がないわけで(笑)、しかしメールで飛ばされてきた仕事は「アイツラ、何ヲ画策シテルンダ」「何ノ責任ヲ取ラセヨウトシテルンダ」という詮索につながり(なぜなら相手のエビデンスだから)、すぐに政局になってしまう事実があるわけで、あまりウレシイITではなかったりします。
『便利な世の中になる反面、ヒト対ヒトのコミュニケーションがなくなるのは寂しいです。』
という“のん吉♪”さんの言葉通りです。
特に本件のブログ(これが“のん吉♪”さんが憂いているカタイ文章のカケラですね)に至っては不特定多数の方が文章を入力してコミュニケートするわけですから大変です。
機器の信頼性が向上すればするほど、それに反比例して信頼性が下がっているのが実はコミュニケーションだったりして事故が絶えないわけですが(最近ヒューマンファクターというキーワードが市民レベルにも通じるようになりましたが、コミュニケーションエラーは正にヒューマンファクターのひとつです)ファシリテーターなき自由な発言の場はまさに人類の歴史の縮図で(実史はその時代ごとにリーダーがいたので長い)、争い事が発生しない訳がありませんし、それは繰り返されるものだという認識でいます。
文化人類学者などが当該のブログを見たら、自分もブログを立ち上げて「実験」してみるかもしれません。コミュニティー形成の初期の段階で「こんなコメントを入れたらどうなるか」など(マッドサイエンティストみたいですが)。
当該の企業さんはそんな実験をしようと思ってブログの「場」を提供したはずはないので、やはり供用前の段階でリスクを見積ってブログ担当のファシリテーターをあてがうべきではなかったのかなと思ってます(かといって、コンセプトから察するに無闇に「しゃしゃり出る」べきではないと思いますが)。
ちょっと冷めたコメントで申し訳ありませんが、『デザインの力』という場において自分が『あまり相応しくないコメント』を発してきたこともあるので、今回はこれくらいでおいとまさせていただきます(汗;)
世の中忙しく、またせっかちになりました。
「ITが進化すればするほど仕事が楽になる」なんて口車にはもう乗らないと誓いながらも、「夢見るユビキタス」の到来にはすでに打つ手なし、といったところです。
ところで、昔から名古屋では喫茶店がゴロゴロしていますが、それは社会が近代化してもなおFace to Faseの文化があるからだそうで(コーヒーに柿ピーが付いてくる理由はわかりません)、よほどトヨタが「徹底的なムダの排除」といってその“ゆるいFace to Fase”を問題視しない限り、文化大革命は起きないものと思われます。
※ただ、「忙しくせっかち」ちゅー世の流れにゃ逆らいようがないもんだで、名古屋ちゅーてもコミュニケーションエラーは発生しやすくなっとるんちゃうかと想像しとりゃーす。
メールはエビデンス(こん跡・証拠)を残すには便利なツールですが、最初からメールで「ヨロシク」は、あってもまだまだ当分先のことだと企業人も思いますね。
現状では「断る」エビデンスを返信して残すしかないのではないでしょうか。
メールですべてが伝わるならケータイの電話機能はもはや搭載する必要がないわけで(笑)、しかしメールで飛ばされてきた仕事は「アイツラ、何ヲ画策シテルンダ」「何ノ責任ヲ取ラセヨウトシテルンダ」という詮索につながり(なぜなら相手のエビデンスだから)、すぐに政局になってしまう事実があるわけで、あまりウレシイITではなかったりします。
『便利な世の中になる反面、ヒト対ヒトのコミュニケーションがなくなるのは寂しいです。』
という“のん吉♪”さんの言葉通りです。
特に本件のブログ(これが“のん吉♪”さんが憂いているカタイ文章のカケラですね)に至っては不特定多数の方が文章を入力してコミュニケートするわけですから大変です。
機器の信頼性が向上すればするほど、それに反比例して信頼性が下がっているのが実はコミュニケーションだったりして事故が絶えないわけですが(最近ヒューマンファクターというキーワードが市民レベルにも通じるようになりましたが、コミュニケーションエラーは正にヒューマンファクターのひとつです)ファシリテーターなき自由な発言の場はまさに人類の歴史の縮図で(実史はその時代ごとにリーダーがいたので長い)、争い事が発生しない訳がありませんし、それは繰り返されるものだという認識でいます。
文化人類学者などが当該のブログを見たら、自分もブログを立ち上げて「実験」してみるかもしれません。コミュニティー形成の初期の段階で「こんなコメントを入れたらどうなるか」など(マッドサイエンティストみたいですが)。
当該の企業さんはそんな実験をしようと思ってブログの「場」を提供したはずはないので、やはり供用前の段階でリスクを見積ってブログ担当のファシリテーターをあてがうべきではなかったのかなと思ってます(かといって、コンセプトから察するに無闇に「しゃしゃり出る」べきではないと思いますが)。
ちょっと冷めたコメントで申し訳ありませんが、『デザインの力』という場において自分が『あまり相応しくないコメント』を発してきたこともあるので、今回はこれくらいでおいとまさせていただきます(汗;)
毎度どうもです。
さすがに「お仕事柄」か、鋭い視点でのコメントです。
本来のコミュニケーションとは「ヒト対ヒト」…。
これがあってこの言葉も生まれたと思います。
メールや携帯電話が普及しはじめ、古い人間では想像もつかないような
「コミュニケーション」が増えました。
便利なツールも使い方を間違っては全く違うモノになってしまうのも
頭の中では解ってはいても、どうも僕の性格上(笑)そのコミュニティは
理解と納得を越えて、「どうしてヒトはそんなに違うのだろう」と
思ってしまう次第です。
新しいものに順応する事ももちろん必要不可欠ですが、
首から上だけが違うだけで、変わってしまうという現実は
昨今のニュースでもお解りの通りですよね…。
僕のブログを読んでくれてる人達は、
みんなきっと僕と同じ考えで繋がっていると信じてやまない
今日この頃であります。
『あまり相応しくないコメント』?
何をおっしゃいますかぁ…(笑)まったくもってそんな事はありません。
感じた事もありませんので、今後とも幅広い着眼点でコメントをお願いします。
ありがとうございました。m(__)m
本来のコミュニケーションとは「ヒト対ヒト」…。
これがあってこの言葉も生まれたと思います。
メールや携帯電話が普及しはじめ、古い人間では想像もつかないような
「コミュニケーション」が増えました。
便利なツールも使い方を間違っては全く違うモノになってしまうのも
頭の中では解ってはいても、どうも僕の性格上(笑)そのコミュニティは
理解と納得を越えて、「どうしてヒトはそんなに違うのだろう」と
思ってしまう次第です。
新しいものに順応する事ももちろん必要不可欠ですが、
首から上だけが違うだけで、変わってしまうという現実は
昨今のニュースでもお解りの通りですよね…。
僕のブログを読んでくれてる人達は、
みんなきっと僕と同じ考えで繋がっていると信じてやまない
今日この頃であります。
『あまり相応しくないコメント』?
何をおっしゃいますかぁ…(笑)まったくもってそんな事はありません。
感じた事もありませんので、今後とも幅広い着眼点でコメントをお願いします。
ありがとうございました。m(__)m
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電話でも緊張してうまく話せなかったり…
メールでは、カタイ文章になってしまい…
やっぱり、会って顔を見てしゃべるのが一番!!キモチが通じます。
便利な世の中になる反面、ヒト対ヒトのコミュニケーションがなくなるのは寂しいです。